「そうか。」
篠崎はそう呟くと携帯電話の電源を切った。
「どなたですか?」
「ひそかに後をつけさせていた諜報員だ。
無事に裁定者が到着したようだ。
ついに裁定者と断罪者が戦闘を開始した。」
「壱与様は…?」
篠崎に対して心配そうに聞く声がある。
「無事だ。今は御堂が確保している。」
雪代夏美だ。
その横にはこともあろうか院にまで逃げてきたボブの姿もある。
そして、二人とも何故か正座である。
「これが俗に言う説教タイムかよ、ガール。」
「私語は慎みたまえ。
私の計画を台無しにしてくれたのだ、覚悟は出来ておろうな。」
篠崎の視線にボブが射すくめられる。
「オー、俺トイレ行きたくなってきちゃったぜ。」
どうやら、夜はまだ終わりそうにないぜ、ボブ。
#09 Day after THE END -Whereabouts of Wind-
「終わったの?」
「ああ。」
崩壊寸前のハイウェイの向こうから伊織が駆けて来る。
「誰が相手だったの?」
「冥加だ。」
「ヤなヤツ。」
伊織は冥加が大嫌いだ。
大好きな虚空に何かあるたびに絡んでくる。
「殺したの?」
「いや、殺してはいない。」
伊織は驚いた表情をしている。
「虚空が仕留めそこなうなんて――!」
虚空が苦笑する。
「僕だって万能じゃないよ。
冥加だって曲がりなりにもナイヴスなんだ。」
そうは虚空は言うものの、状況は終始虚空の優勢であった。
虚空は来てはいけない、と言ったけど、実は伊織も戦闘の様子をこっそり見ていたのだ。
(冥加はやっぱり口だけだったわ。)
それだけに、虚空が仕留めそこなったのが驚きだった。
だけど、すぐに考え直す。
(きっと、虚空は優しいから止めを刺さなかったんだわ。)
「事態が急変したからね。」
「急変?」
「裁定者と断罪者が交戦を開始したよ。」
「いよいよ、なんだね。」
裁定者、あのボーとした男だ。
虚空が負けたと笑いながら言っていたけど、絶対そんな訳が無い。
世界がどう転んでもあんな冴えない男が虚空に勝てるわけが無い。
優しい虚空が勝ちを譲ってあげたに決まっている。
まぁ、実際のところもそうなのだが。
「裁定者は勝てるの?」
「能力に目覚めたところで勝率が僅かに上がるだけだ。
だが、0と1には大きな違いがある。」
「どういうこと?」
「それは神のみぞ、知るということさ。」
虚空が伊織の頭の上にポン、と手を置く。
「虚空は行かないの?」
「伊織は興味があるのかい?」
「質問に質問で返しちゃダメだよ。」
再び虚空が苦笑する。
「それは失敬。」
「裁定者と断罪者が戦っているんでしょ?」
「気にならないわけではないさ。
だが、今ナイヴスと僕が闘うわけには行かないんだよ。」
「どうして?
虚空が水月を倒しちゃえばいいじゃない。」
「それは出来ないんだよ、伊織。」
そう、魔剣を破壊できるのは――また、魔剣なのだから。
「風が強くなってきた……。」
伊織が空を見上げる。
僅かながら日の光が差し込んできて、伊織は思わず目を閉じた。
「風、か。」
虚空の足が止まる。
「どうしたの、虚空?」
伊織が駆け寄ってくる。
「伊織、一つだけ頼まれてもらってもいいかい?」
「うん、虚空のお願いなら何でも聞いちゃう。」
虚空はコートの中から一枚の紙切れを取り出した。
「ここに書かれた場所に行って欲しい。」
そこに書かれているのはどうやら地図のようだった。
「う〜ん、なんて読むの?この人の苗字。」
「弥勒(ミロク)。」
「女の人?」
「一応ね。」
伊織が拗ねたように頬を膨らませる。
「虚空には私がいるのに…。」
「もう少し大きくなってから、そういう事は言いなさい。」
虚空は伊織の頭をなでてやった。
それだけで、伊織の機嫌は少しは良くなったようだ。
「それじゃ、行くけど……虚空も気をつけてね。」
「大丈夫、危ない事はしないよ。」
伊織がハイウェイの向こうへと駆けて行く。
それを見届けると、虚空は静かに振り向いた。
「そこにいるんだろ?」
気配は微塵も感じられない空間。
だが、そこには確かに二人の男がいた。
「見事だ、さすが虚空だな。」
「おべんちゃらはいいよ、奈落。
何の用件で此処に来たんだい?」
奈落と呼ばれた男の横にいる赤毛が肩をすくめる。
「自分のしたこと、わかってるだろ?」
「粛清か?」
「そんな所だよ。」
赤毛が背中に下げた刀を抜く。
刀身、柄、鞘。
その全てが黒一色で染まった不気味な刀を。
「無骸黒剣か、本気でやるつもりだな……刹那。」
「俺は冗談が苦手なんでね。」
赤毛――刹那が大地を蹴ると同時に、その姿が掻き消えた。
「落ち着け、刹那。」
奈落の凛とした声が響く。
「私達がここに来た理由は虚空の粛清じゃないだろう。」
「まぁな。」
虚空のはるか背後で刹那の声がする。
振り向けば、刹那が背後にいた。
一瞬のうちにこの男は虚空の背後まで移動していたのだ。
虚空は自分の中を悪寒が突き抜けるのを感じた。
「安心しろ、今回は俺達の仕事は傍観だ。」
「君と事を荒げるつもりは無い。
ただ、友としての忠告だ。」
虚空は何も言わなかった。
そして、二人に背を向けて歩き出す。
沈黙、それは時として最大の答えにもなる。
「そうか。」
奈落はそれだけしか言わなかった。
虚空の決意の重さを彼もまた感じ取っていたからである。
「なら、私はもう何も言わない。
君が本当に後悔をしていないのなら。」
虚空は一度だけ振り向くと、何も言わないまま、ただ一陣の風となり消えた。
「行っちまったな。」
「寂しくなるな。」
「人間みたいな会話してんじゃねぇ、っていうのは無粋か?」
奈落が肩を竦める。
「さぁ、私達は引き上げるか。」
「裁定者と断罪者の戦い、見ていかないのか?」
「本来、私達は待機命令が下っている。
だからこそ、顔を出すわけには行かないのだよ。」
奈落が瞬時に掻き消える。
「生真面目な奴。」
一人取り残された刹那は、ため息をつくと同時にその姿を闇へと消した。
* * *
「『精霊音素(エレメンタル・ディストーション)』!」
その言葉と共に、自分の体を風が優しく包み込んでいく。
そのような不思議な感じを今正に浩介は味わっていた。
「思い描いて。」
近いような、遠いような、漠然としない距離。
その距離から壱与の声が聞こえる。
「君が思い描く――第二段階(セカンドライン)を。」
第二段階(セカンドライン)。
それは風の律動の第二段階。
「そんなの――。」
「イメージして、浩介。」
だが、そんな時間をもう一人の魔剣使いは与えてくれなかった。
真尋が駆け出す。
水月が攻撃に移ろうとしていたが、浩介は一瞬反応が送れた。
無造作に振るわれた拳が浩介のほほを殴り飛ばし、大地へと転がらせる。
双夜水月は既に能力を解除していた。
「精霊音素、させるものかよ……!!」
吹き飛びながらも浩介は気づいていた。
自分が知らない精霊音素というものを水月は知っていることに。
だからこそ、壱与は誘拐された。
だからこそ、この男は怖れている。
即ち、『精霊音素』という能力こそが水月打倒の鍵となることを。
壱与はいま自分が倒れている間に真尋に助け出された。
しかし、彼女から説明を受ける暇はさすがに水月は与えてくれないだろう。
「馬鹿者!」
桜花の声だ。
思考に集中している間に、どれだけの時間がたっていたのだろうか。
「ひとまず、私を取りに来い!」
「いや、少し休んでいろよ。
結構きつい一撃が入っただろう。」
魔剣である自分をいたわる浩介の心遣いを桜花はうれしく感じていた。
だが、相手は断罪者。
決着をつけるのは魔剣でなければならない。
「馬鹿者、あのようなヘナチョコパンチが効く訳がなかろう。」
「また、馬鹿って言われた……。」
浩介が苦笑する。
「それだけ言えるなら、もう元気って事だよな?」
桜花が頷く。
「なら、桜花ッ!」
浩介が桜花の名を呼ぶと同時に、桜花は刀に姿を変えた。
そして浩介の手の中に納まる。
(精霊音素について何かわかるか?)
水月に聞かれぬように、桜花に小声で問いかける。
(残念ながら、私も知らぬ。)
(イメージして、と言われたけど――どうするんだろ。)
(以前、お前が能力に目覚めたときのことを思い出してみればよかろう。)
浩介が『風の律動』に目覚めたとき、それは虚空との闘いの最中であった。
あの時、自分が望んだことは何だっただろう。
自分を捕える無数の檻や枷、その全てを撥ね退けられるような風。
それに自分はなりたいと願った。
ならば、いま自分は何を願うべきなのだろうか。
(思考に集中しすぎているなよ)
桜花が諌める。
(わかってる、前は見てるさ。)
(なら、行くぞ。
今度はこちらから打って出る!)
「ラジャー!!」
浩介は叫ぶと同時に『風の律動』を瞬間的に発動させる。
そのまま、水月目掛けて突撃する。
加速状態の浩介の一撃を水月が絶で受け止める。
「難航しているようだな、セカンドラインに。」
鍔迫り合いの状況の中、水月が問いかけてきた。
「お前に言う必要ねぇよ。」
浩介は桜花で絶を打ち払うと、一度後退し間合いを取った。
「第一の太刀――煌牙!!」
飛ぶ斬撃が水月目掛けて飛翔する。
「絶牙壱式、黒牙!!」
水月も同様に壱の太刀で相対する。
二つの衝撃波は中央でぶつかり霧散した。
「壱の太刀だけか?」
「悪いかよ。」
「知恵をくれてやろう、葛西浩介。」
絶が会話に割り込んでくる。
「魔剣の太刀は、能力者のファースト、セカンド、サードラインと同類と考えればよいのだ。」
(サードまであるのかよ。)
浩介は無事に帰れたら、篠崎にでも聞いてみようと思った。
だが、勿論そのためには水月を倒す必要があるのだが。
「さらに絶望的な情報をくれてやる。
俺と絶は既に第参の太刀まで習得済みだ。」
対する自分は第一の太刀のみ。
「こればかりはお前が気に病むことはないぞ、裁定者。
魔剣が優秀か未熟かの差だ。」
これには桜花だけでなく浩介もカチンと来る。
「桜花がお前に劣っている?」
「そう、その通りだ。」
「なら、試してやんよ!!!」
浩介と桜花の声がハモる。
再び『風の律動』が発動し、浩介は一気に間合いを離す。
「全部捌けるかっての!!!」
浩介が『風の律動』を維持したまま、煌牙を連続で乱射する。
「まるでヤケを起こしたガキだな。」
「まったくだ。
決定的な力の前には、小細工など無用ということを教えてやれ。」
水月が浩介目掛けて間合いをつめる。
振り払われる絶により、煌牙は尽くはじかれてしまう。
風の律動の発動により、何れもが先ほどよりも格段に射出速度が速いにもかかわらず――。
「くれてやれ。」
「お前を使用するなら――10%ぐらいか?」
「お前が制御できるなら25%でも構わん。」
「折れてから後悔するなよ。」
水月が絶を構えなおし、衝動のままにただ叫ぶ。
「『殺人衝動25%解除(モータル・インテンツ・クォーターリミット)』!!」
瞬時に水月の姿が浩介の眼前に現れる。
予想外の出現に浩介の動きが咄嗟に硬直する。
「水月の代わりに叫ばせてもらうぞ。」
絶の無機質な声。
「第参の太刀――魔王絶哮。」
口に出せない圧力(プレッシャー)が浩介目掛けて発せられる。
自分は『風の律動』で加速している。
回避しようとすれば出来るはずだ。
にもかかわらず、どうして相手の速度が自分と変わらずに見えるのだ。
だが、浩介は瞬時に悟った。
水月最大の攻撃の合わさった一撃は、この攻撃は今の自分じゃよけれない。
「誘うは堅牢なる壁!!」
浩介が咄嗟に防御術式を形成する。
「遅いな。」
だが、それと同時に浩介を絶対的な力が捻じ伏せた。
* * *
瓦礫が吹き飛ぶ。
同時に浩介は自分が吹き飛ばされているのを認識した。
すぐに衝撃が来る。
鈍い音と共に浩介の体は崩れ落ちた。
工場の壁に思い切り叩きつけられたのだ。
左腕から激痛がする。
眼を向ければ、明らかに変な角度で腕が曲がっている。
どうやら、術式を発動した際に前に出した左腕が打撃を受けたようだ。
「すまんな。」
桜花が謝ってきた。
「何で謝るんだよ。」
浩介はまだ立ち上がれない。
「私が未熟でなければ――。」
「お前らしくないな。
アイツが言った事を気にしてるのか。」
ようやく感覚が戻ってくる。
だが、もはや左腕では剣は握れないだろう。
しかし、浩介は立ち上がる。
「あんな攻撃ヘナチョコパンチだぜ。」
負けるわけには行かない、自分のためにも、相棒のためにも。
鍵となるのは紛れも無く精霊音素。
その能力の意味に気づけなければ自分は負ける。
浩介は体のバネを利用して跳ね起きた。
(イメージして。)
脳裏で繰り返される壱与の声。
同様に幾度と無く虚空との闘いを思い出す。
今自分は何がしたい。
自問するが明確な答えは出ない。
だが、ただ言えるのは――断罪者、双夜水月を倒したい。
辺りは瓦礫の山。
どうやら、自分は相当な速度でこの場所に突っ込んだようだ。
「さて、仕切りなおしと行こうぜ。」
浩介が桜花を片手で構える。
「互いの相棒の万能さ、教えてやろうぜ。」
「ああ!」
「まだ息があったか。」
絶だ。
水月は既に絶を手放している。
「生き延びたようだよ、水月。」
水月が絶を一瞥する。
「ならば、セカンドラインを発動するか。
文字通り粉々に砕いてやるよ。」
「セカンドライン。」
浩介が口に出す。
「そうだ。
お前ごときでは受け止めきれない俺の殺人衝動。」
自然と口から疑問が飛び出す。
「お前はどうしてそう簡単に人が殺せる。」
双夜水月は断罪者だ。
だとすると、この世界の人間よりは自分に近いはず。
だが、水月の行動は元の世界出身の自分から見れば常軌を逸している。
「人は人を殺す。
その理由は何だと思う?」
浩介が首を横に振る。
「理由なんてないのさ。
最悪ただそこにいたから。
そんな理由で力が無い存在は駆逐される。」
「それは――。」
あの世界でもそうだった。
無差別殺人、通り魔。
そんなニュースが飛び込むたびに、自分は無関係な位置にいるから安全だと思ってた。
同情する素振りを見せながらも、犯人に対して憤る素振りを見せながらも――。
自分がそこにいなかった、そう安心してしまうのだ。
浩介はそんな人間の心理が嫌いだった。
だが、自分もそんな人間であることを自覚している。
時として人は他人に対して、冷徹なまでに無関心になれるのだ。
「人は他人に対してどこまでも冷徹になれる。
偽善ぶっていても、いざとなれば自分が一番大切。
他人に対して冷徹なまでに無関心だ。」
(お前と同じにされたくない……。)
「俺はそんな世界で生きてきた。
俺は奪う側。お前は奪われる側。
それだけのことだ。俺にとって、お前と言う存在は――その他大勢と何も代わらない。」
だが、水月や自分が考えていることはある意味真実だ。
認めたくは無いが、人の深層にはそのような側面があるのかもしれない。
だが、浩介は自分が正義感ぶった人間であると思ったことは無い。
あろうとすら思ったことは無い。
だが、自分が当事者の座に引き上げられたとき――。
「その行為が悪であろうが、俺には関係ない。
悪だと言うのなら、俺を否定する全てを破壊しつくしてやるまでだ。」
「お前が俺の大切なものを奪おうとするなら――。」
「ならば、受け止めてみるがいい。
この双夜水月の『殺人衝動(モータルインテンツ)』を!!!」
目の前で相手がセカンドラインを発動しようとしている。
阻止すべきか、傍観すべきか。
浩介は傍観を選んだ。
そうすることで、何かが少しでも掴めるかと思ったからだ。
「絶対なる悪に敗北を刻むがいい。
絶対的な悪の体現。それが断罪者という存在――つまり、この俺だ。」
言葉には言い表せない雰囲気が水月を包み込む。
同時に自分は恐怖を感じている。
動かぬ腕を抱きかかえる。
「眼を逸らすな。」
腕の中の桜花だ。
「わかってる、俺はもう――逃げない!!!」
水月が叫ぶ。
「『殺人衝動50%解除(モータル・インテンツ・ハーフリミット)』!!」
50%。
単純計算でもさっきの二倍。
浩介の背中を嫌な汗が流れ落ちる。
水月の体も異形のものへと変質しかけている様子さえ見える。
その体は盛り上がり、筋肉が明らかに膨張している。
「驚いて声も出ないと見える。」
((キモッ。))
浩介と桜花の意見は全く同じだった。
水月が咆哮をあげる。
心の声が聞こえているのか、それとも本能ゆえの行動か。
「でも――そんなの、関係ねぇ!」
相手の状況をよく観察する。
『殺人衝動』のセカンドライン、それは明らかに肉体の強化。
その域は人中を越えている。
対する今の自分は片手は使い物にならない。
もとより、相手と自分の腕力には雲泥の差があるのだ。
ならば、桜花は決定的な隙を突かねば通用しないだろう。
浩介が動かぬ左手を前に出す。
その手に篭るは力ある術式。
「誘うは――閃光の奔流!」
威力よりも発生の早い術式を選択して詠唱する。
紡がれた光の矢は水月目掛けて飛翔する。
咆哮。
水月の腕の一払いで術式もまた霧散する。
反撃とばかり、水月が動いた。
巨体からは想像出来ない移動速度。
「『風の律動』!」
浩介は新たに唱えかけていた詠唱を破棄し回避行動に移る。
だが、回避状態の彼が逆に捉えることができぬほど、水月の速力は増していた。
その異常な速度を維持したまま浩介の周囲を走り出す。
まるでエサに飛び掛ろうとする獣のように。
(桜花、捉えられるか!?)
(辛うじて、というところか。)
いま自分が耐えられるのは恐らく一撃だ。
恐らく破壊力は抜群、二度目を食らえば次はまず無いだろう。
「邪魔なんだよ…お前。」
浩介が毒づく。
脳裏で壱与の声が繰り返される。
頭の中でイメージするのだ。自分の望みを。
(だが、少しずつ慣れてきたな――!)
浩介の視覚が徐々に水月の動きに慣れていく。
(ならば、タイミングを合わせるだけだ!!)
回転する水月の像が目の前に来るタイミング。
そして、その瞬間に、浩介は桜花を突き出した。
「なんだと?」
だが、桜花は何も無い空を切った。
背後を振り向けば水月がいる。
自分は今、最大の隙を相手に見せている。
それに気づいた時、水月の拳が浩介の目前に迫っていた。
浩介の体に水月の拳がめり込む。
その瞬間、浩介は最後の賭けに出た。
悲痛な顔?それは、違う。
浩介の瞳は勝利を確信している。
かつて、浩介が水月に感じた得体の知れない雰囲気。
それが今度は浩介へと流れ込む。
* * *
壱与と真尋は二人の魔剣使いの闘いを離れてみていた。
「セカンドラインってなんなんですか?」
真尋の腕の中の沙穂が問いかける。
「文字通り、能力の第二段階のことだよ。」
既にセカンドラインを修得している真尋にも言えるのもそれだけであった。
こればかりは理屈じゃない、経験で掴み取るしかないのだ。
「精霊音素の能力とは一体?」
「能力を強化するんです。
具体的には新たな段階へのきっかけを。」
「きっかけ?」
壱与が頷く。
「だから、目覚めるのは彼次第。
でも、私は出来ると信じてる。」
真尋も同じように頷いた。
水月の体が収縮する。
それどころか、吹き飛ばされたのは水月だった。
「何故だ…?」
水月が思わず能力を解除したのだ。
そして、その表情は次の瞬間に驚愕に変わる。
言うまでもない、無傷で立っている葛西浩介を見て――。
浩介の身に何かが起きている素振りはない。
だが、水月が攻撃を仕掛けたとき、何故か水月は吹き飛ばされたのだ。
「『黒い(シュヴァルツァー)――暴風(テンペスト)――』。」
即席で思いついた名前を口ずさむ。
「長いな。
それに、言語が混ざっているぞ。」
桜花が突っ込みを入れる。
「これが、俺の――セカンドラインだ。」
「ほう。」
絶が短いながらも驚嘆の声を上げた。
(風の律動、黒き暴風――。
果たしてどんな能力なのじゃ?)
(大丈夫、俺の頭の中でわかってる。)
浩介の中では自分の能力は確信できている。
(ならば、それを信じてやろうかの。)
浩介が桜花を構えなおす。
「双夜水月、お前にくれてやるぜ。」
「なんだと……?」
射殺すような視線が浩介へと突き刺さる。
「荒れ狂う風の――」
「舞踏会(マスカレイド)を!」
浩介が走る。
絶もまた水月のもとへと走り出す。
(簡単に言うと、純粋な強化だよ。)
浩介が『黒き暴風』のネタを桜花にバラす。
(奴が自分の能力を強化してるのを見たからさ、
同じように更に強い力を望んだんだ。)
(具体的には?)
(鍵を握るのは自家発電と風の軌跡さ。)
(意味がわからん。)
(見りゃわかるよ。)
その瞬間、水月が刀化した絶を握る。
「死天爆砕!!」
水月の第二の太刀が浩介を襲う。
その一撃を浩介は易々と回避する。
「黒牙!!!」
先程の浩介と同じように、今度は水月が第壱の太刀を乱射する。
そして、浩介は切り払うことはせず『風の律動』で回避していく。
「そろそろ溜まったようだな――というかここらが限界。」
全ての黒牙を避け終えると、浩介は水月から離れた位置で動きを止めた。
「『黒き暴風――(シュヴァルツァーテンペスト)』!」
浩介がセカンドラインを発動させる。
そして、そのまま水月目掛けて突撃する。
加速状態の直線的な動き。
(まともに当たるつもりか!?)
(俺を信じろって。)
「そう、今のお前は決定的な攻撃力を持たない。
最後はそうやって突っ込んでくるしかないのさ!」
絶に力が篭る。
第参の太刀、魔王絶哮――浩介の腕をへし折った絶対的な力。
そして、水月が絶を振り下ろす。
同時に、浩介は加速を維持したまま、強引に横へと避ける。
「これは……!」
思わず桜花の口から驚きの声が出る。
浩介が辿ってきた軌跡を辿るように風が吹く。
微風ではなく、文字通りの暴風が。
浩介が水月を指差すと同時に、風が水月目掛けて猛攻を開始する。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
水月は、絶で強引に風を押さえ込もうとする
だが、水月の足が大地へめり込んだ。
水月が能力を発動する。
しかし、その声すらも風の音がかき消した。
「ケリはお前(魔剣)でつけるんだったよな?」
「うむ。」
浩介が桜花の刀身をなぞる。
「壱の太刀、煌牙プラス――『黒き暴風』(シュヴァルツァーテンペスト)」
煌きの刃が風の力を得る。
「風塵砕牙――吹き飛びな、あの世まで。」
桜花から風の牙が放たれる。
水月が避けようとしても、その体は既に風が捕えている。
水月の心臓目掛けて風の刃が齧り付く。
絶の声がわずかに聞こえる。
だが、詳細は聞こえない。
「聞こえねぇなぁ?」
吹き飛ばされていく水月を尻目に、浩介はただ呟いた。
ドゴン――。
轟音と共に水月の体は工場の壁へと叩きつけられる。
壁は破壊され、水月は更に置くまで吹き飛んでいく。
浩介は静かに水月が突っ込んだ工場の壁を見ていた。
(だが、もう動くなよ……!)
実のところ、浩介自身は満身創痍である。
片腕は瓦礫に叩きつけられた時点で既に折れているのは確認済みだ。
そして、それ以上に体中をとてつもない疲労が駆け巡る。
桜花を握っているのことすら、正直厳しい限りだ。
対する水月は心臓とまでは行かなかったが、風の牙が突き抜けている以上、十分致命傷といえるはずだ。
だが、『殺人衝動』で痛覚が麻痺していたとしたならば、立ち上がる可能性はゼロじゃない。
そうなれば、引き分けどころか状況は瞬時に劣勢になる。
浩介の疲労の原因はセカンドラインである。
覚えたての能力を乱発したのだ。
ましてや、それは『精霊音素』によって強引に底上げされた状態である。
乱発すれば、浩介の体に多大な負担を与えるのも当たり前だ。
「これが風の軌跡、か。
随分と便利な能力を造ったものじゃのう。」
「だろ?」
『黒き暴風』は風の律動の発動が前提となる。
『風の律動』を維持した状態で移動することにより、風を蓄える。
そして、『黒き暴風』にて蓄えた風を自在に操るのだ。
水月の動きを封じるのにも使うことが出来、攻撃にも使うことが出来る攻守万能の能力である。
「まぁ、まだ改善しないと使い物にはならないけどさ。」
肩で息をしながら浩介は地面へと倒れこむ。
「もう、今のでケリついてなかったら、逃げていいか?」
「まったくだ。」
遥か向こう――瓦礫の中から声がする。
「ハハハ……。」
乾いたような笑い声が聞こえる。
誰の声なのかはわからない、だが確かに誰かが笑っている。
工場の中から水月が立ち上がる。
だが、笑っているのは水月ではない。
水月が持つ魔剣、絶だ。
絶が人型を取り、水月を背負っているのだ。
「やるじゃないか、葛西浩介。
少しだけ君のことを見くびっていたよ。」
(万事休すか……。)
「だが、君にとっては幸運なことだが――、水月の傷も相当深い。
ここは君に勝ちを譲る代わりに、我々も撤退させてもらおう。」
なんと虫のいい話だろうか。
戦闘を吹きかけて置きながら撤退するというのだ。
だが、それは浩介にとっても好都合であった。
「わかった、行け。」
浩介は即答した。
万が一にでも相手の気が変わられては困るのだ。
ヘタレた意見と笑われるかもしれないが、浩介に出来ることは最早それしかなかった。
このまま戦いを続けることは不可能ではない。
但し、自分が殺されてしまっては、この闘い全てが最悪な結末を迎えて終結してしまう。
「賢い選択だったな。」
絶が人間の形を取り、水月を背負う。
「くれぐれも後ろから狙うような真似はやめてくれよ。」
おどけた口調だ。
だが、有無を言わせないような殺気がその言葉には込められていた。
(そんな体力、残ってねぇよ。)
無事だった右腕の指が痙攣する。
震えているのだ。
紙一重で引き分けをもぎ取ったことに。
あの時、賭けに負けていたら今頃浩介はこの世にはいなかっただろう。
「何を泣いている、浩介。」
「え?」
慌てたように顔に手で触れる。
確かに泣いい。
そして、自然に涙の理由が理解できた。
「ごめんな。」
「何故謝る。」
「俺、勝てなかったよ。」
「負けなかったのだろう?
今はそれで十分ではないか。」
浩介の眼から涙が溢れ出る。
安堵、悲しみ、いやどちらでもない。
悔しさだ。
そんな浩介は桜花は弟を見るかのような優しい目で見つめる。
「大丈夫、お前はまだ――強くなれる。
それに見てみると良い。」
桜花が指差した先には、真尋と壱与がいる。
二人とも無事だ。
「いてぇ……マジ死にそう。」
背後から聞きなれた声がする。
「章吾!」
「まったく、来るの遅いんだよ。」
倒れこんだ章吾の元に奈央が駆け寄る。
「本当無理しちゃって馬鹿なんだから。」
「いいから、さっさと『聖域』――かけてくれ。」
奈央が苦笑しながら能力を発動させる。
その様子を浩介は見つめていた。
「全員無事じゃないか。
誇るがいい、この戦いはお前の勝ちだよ。」
桜花が優しく、諭すように声をかける。
頷くと、浩介は勢いよく涙をぬぐった。
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