「見ろよ、あの狂わんばかりに赤い月を」
「ああ、はじまるぜ。」
二人の黒衣は塔の頂きから更に高き空を眺めていた。
月が微かに紅く照らす他に光無きこの場所では、背の高さ以外に二人を見分ける術はない。
「神威と冥加が出張ってる。
それだけで、もう奴等のオワリは確定だろ?」
「あとヘルもな。」
長身の男の追加にもう一方の男が歯を見せて笑う。
「ただ、気をつけねばならない――。」
「ああ。」
「どんな能力にも――弱点はある。
そして――能力は成長する。」
#08 Day after THE END - Frenzy where it drives recklessly -
高速の掌底が空を凪ぐ。
神威は中空でそれを回避しながら無数の光弾を放つ。
その光景を沙穂は離れて見つめていた。
腕の中の奈央は静かに寝息を立て眠っている。
(もう彼女は大丈夫ですね……。)
そう言うと、沙穂は静かに奈央を起こさぬように横たえた。
自分が行かなければならない。
自分が必要とする人がいる。
ならば、自分はその場に行かねばならない。
(真尋様、今行きます!!)
(もうついたであろうか――。)
虚空は考えながらも空間干渉により、冥加の術式を封殺した。
同時に次の手をシュミレートする。
自分が、あの性格が悪い狩猟者なら、何をするか――
(背後からの奇襲。)
虚空は振り向きざまに手を翳す。
その先には彼のシュミレートどおり冥加の顔があった。
冥加の余裕の顔が一瞬で驚愕に変わる。
その変貌にも構うことなく、虚空は術式を解き放った。
だが、放たれた術式は冥加を捉えることなく、大地に傷を穿つ。
(いたちごっこだな――)
先ほどからこの応酬は幾度となく続けられている。
虚空が空間攻撃の達人というならば、冥加は空間防御の達人といえる。
例え、隙を見て『覚めない悪夢』の中に放り込んでも、冥加に対する決定打にはならない。
同時にまた、冥加も虚空に対して決定打を与えることができなかった。
既に戦場は原型を止めぬ、瓦礫の山。
両者が一瞬のうちに消えうせる。
光の速さにおける移動。そして、空間を渡る空間超越。
人知を超えた戦いは、まだ終わる気配を微塵も見せなかった。
* * *
「逃げてるんじゃねぇぞ!」
ハンバーガー屋のマスコット人形の真横のガラスが砕け散る。
戦闘の舞台は既に線路から駅へと移動していた。
暗がりの中で竜崎直弥は静かに身を起こした。
(1分というところか)
一分もの気絶によるタイムロス。
戦場においては致命的どころか目も当てられない。
(野郎の衝撃を瞬時に受け止めてこの威力かよ)
そう、1分前竜崎はヘルの紫眼により形成された一撃をまともに喰らっていた。
「閉鎖空間の俺様は強いぜ?」
ヘルは確かにそう言った。
(憎たらしいが、それは認めてやる。
この閉鎖空間じゃテメェは確かに強いさ。)
だが、戦場は既に位置を変えている。
線路から駅の構内へと。
ならば、敵の有利状態は既に崩されている――即ち、それは。
「単純に使い手の技量なだけだ。」
遠くもなく近くもなく、何かが吹き飛ぶ音がする。
ヘルが近づいてくる。暗がりの中で竜崎は息を潜めた。
音が近づく。
竜崎は刀の柄に手をかける。
音が近づく。
竜崎の体が前のめりになる。
音が近づく。
竜崎が無音で刀を抜き放つ。
そして音が消え――竜崎の眼がヘルを捕らえる。
「破ァァァァァ!!!」
力任せに降りぬかれた暴力の塊が柱を切り裂きヘルを薙ぐ。
しかし、それよりも早くヘルの姿が揺らぐ。
(残像か!)
暗い構内にヘルの哂い声が響き渡る。
「お前はガキの頃、手で景色を囲んだ事はないか?」
「何が言いたい。」
竜崎は間合いを取るべく再び、構内の柱に身を隠した。
「チッポケな手を精一杯開いて、そんでその世界を支配した気分に浸った事はねぇか?」
竜崎は何も答えない。
答えるよりも、今は考えるべきである。
「お前は強いさ。俺ほどではないにせよ、油断をすれば首を持ってかれかねない」
闇の中からヘルが姿を現す。
竜崎はそれを見て刀に手をかけた。
「話を戻そうや。
そのガキの視点、俺もそれと同じ能力を持っている。」
そう言うと、ヘルが指で空間に四角を描く。
「ただ、これだけだ。」
竜崎の体が危機を感知し自然に動く。
「これだけで俺はその空間を支配した。」
竜崎はその距離を測りかねた。
その瞬間凍てつくほどの寒さが竜崎を包み込む。
(これは――!?)
「言い忘れたな、閉鎖空間の俺様はもっと強いが――
本気を出した俺様はもっと――強い!!!」
ヘルが開いた手を握りつぶす。
ヘルの指が包み込んだエリアが瞬間的に吹雪に包まれ、凍結する。
「『凍殺の紫眼(パープルアイズ・コキュートス)』。
骨の髄まで凍りつけ。そして――」
ヘルが手を開くと吹雪は消え去り、完全に凍りつき雪の達磨と化した竜崎の姿があった。
「凍り付いちまった物は、少しだけ力を加えるだけで――」
竜崎の腕の辺りにヘルが手をかける。
「簡単に壊れちまう。」
コキッという音と共にヘルが竜崎の腕をもぎる。
「痛みなど感じねぇだろ?そりゃそうだ。」
ヘルは哂いながら竜崎のパーツを一つずつ砕いていく。
「何か言えよ。まぁ、仕方ねぇ。言えないよなぁ。」
そういい終わるとヘルはバラバラになった竜崎を放り投げた。
「さよならだ、クソ野郎。」
「全くだよ――!クソ野郎!」
その声ははるか遠くから聞こえた。
何かが地面を蹴る音が聞こえた。
だが、ヘルがそれを認識するよりも早く竜崎がヘルの懐に潜り込む。
「二度目も俺の勝ちさ。」
竜崎の刃がヘルの腹を凪ぐ。
「クソが!!」
勝利の表情が一転し苦悶へと変わる。
だが、竜崎も容赦はするつもりはなかった。
「あの時は腕一本だったからな。
今度はテメェの胴体も落としてやるよ!!!」
竜崎が刀にかける力を強める。
「ふざけろォォォォ!!!」
ヘルが喚きながら不可視の衝撃を乱射する。
「さっきの凍殺の、とやらは使わないのか?」
竜崎はその衝撃をよける事もなく、ただ刀に力を込め続けた。
しかし、ヘルは何も言わない――いや、言えないのだ。
凍殺の紫眼は予備動作なくして発動は不可能。
それを知られてしまった以上、短期決戦を得意とする竜崎の独壇場であった。
「なるほど、余裕無しか。
だから、能力者は貧弱なのさ。」
今度は竜崎が笑う番だった。
「あの能力は一瞬死んだかと思ったぜ。」
竜崎とヘルの下に血溜りが出来ていた。
しかし、その血は2種類の血が交じり合っていた。
「瞬時に避けたつもりだったんだがな。
片足もって行かれちまった、まぁくっついてるだけ斬り離れちまうテメェよりマシか?」
血溜りが広がっていく。
「何故だ、何故テメェは――テメェも実は能力者なんじゃねぇのか?」
竜崎は何も言わずに哂う。
「お前がバカなだけだ。
確認もせずに砕いて自己満足か?
あの世でカーネルのおっさんに謝っておくんだな。」
「逃げる瞬間に蹴りだしやがったか――。
どんなバカ瞬発力だよ。」
「能力に溺れ自分の体を鍛えないから、そう感じるだけさ。
それに、あんな吹雪じゃテメェも前が見えないだろ?
過信しすぎなんだよ、自分の力を――て事だ。」
竜崎が馬鹿にしたように笑う。
「教訓になったろ?そういう訳で――クタバレ」
竜崎がめり込ませていた刀を瞬時に抜き放ちヘルの首を切り裂いた。
そして返す刀で胴を二つに凪ぐ。
「バラバラになるのは、テメェじゃねぇか。」
そう言い放つと竜崎はその場に座り込む。
「右京の奴にでも来て貰うか――手遅れになる前に。」
そう言うと竜崎は静かに目を閉じてしばしの休息に身を落とした。
* * *
「面白い。やはり現在の院の戦力では戦闘力だけで言えば、貴様が一番か。」
そう言うと、水月は真尋と間合いを取った。
「断罪者にそういわれるとは、鼻が高い物だね。」
そう言うと真尋は高速で術式を詠唱した。
「『連殺式――』」
「唱えられると思うか?」
水月が真尋との間合いを瞬時に詰める。
刃の煌きが真尋を唱えるよりも早く、術式が容(かたち)を結ぶ。
「『誘うは堅牢なる防壁――!』、『誘うは反撃の狼煙』!!」
「ほう、速いな!」
真尋を守護し水月の一撃を受け止めた術式の壁が瞬時に反撃に転ずる。
それを水月は造作もなく避け、一つずつ潰していく。
「トリプルクライムなしでは術式程度しかできんか?」
「何、その術式すら打ち破れないのはどこの誰かな?」
真尋の軽口に水月の眉間が微かに動く。
「その減らず口二度と叩けぬ様にしてやるよ。」
(プライドが高いのか、気が短いのか――
だとしても、それはお前にとっての最大の弱点だ!!)
真尋は瞬時に次の手を考える。
術式でギリギリながらも水月の一撃は受け止められた。
死天爆砕もタイミングに気をつければ大振りな分回避はできる。
他のメンバーと違い、真尋には歴戦のカンが備わっていた。
最終的に止めを刺すのは魔剣桜花だとしても、双夜水月の撃退は不可能ではないと真尋は踏んだ。
しかし、その真尋の歴戦のカンすら打ち破る物、それが能力である。
まだ、“双夜水月は能力を発動させていない”――
「小物が図に乗るんじゃ――ねぇぞ!!!」
水月が絶を構え走り出す。
「絶牙壱式、黒牙!!!」
黒き衝撃が地を奔る。
同時にそれに劣るとも勝らぬとものスピードで水月も追撃を開始する。
(衝撃波か、奴本体か……)
真尋は術式を唱えながら身をかわすと、水月の動きを正面に捉えた。
「絶牙――」
(来るのは死天爆砕。)
「二式――」
時が真尋の頭の中でスローに流れていく。
「死天――」
その刹那にあわせて真尋が術式を発動させる。
「誘うは閃光の奔流――!!」
しかし、本来高速で相手に突き進む光の矢はその形を大きく変化させていた。
例えるならばそれはボールである。
真尋はそれを水月の眼前へと叩きつける。
その閃光に思わず水月は目を閉じた。
「お前は確かに強い。だが、戦士としては2流極まりないな。
そして、紳士としては――」
真尋がサングラスの淵を軽く押し上げる。
「3流以下だ。」
激昂した水月をその前として放たれた明らかな挑発。
「よほど死にたいと見える。」
水月は真尋の予想通り挑発に乗り走り出す。
その瞬間暗い部屋の中に一筋の光がさした。
扉が開いたのだ。
「真尋様!!!」
沙穂が真尋の元へと向かった。
「なるほど。貴様の魔具か。」
その場に第三者の――絶の声が反響する。
「おい、水月。何を躊躇している?
裁定者の前座に過ぎないザコ相手にこれ以上傷を負うのは許さんぞ。」
「黙ってろ、絶――!!」
水月が魔剣に向けて怒鳴り散らす。
「だが、お前のいう事ももっともだ。
感謝しろ、幻殺者。そして、その目に焼き付けろ――」
そう言うと水月は事もあろうか絶を床へと落とした。
その間に沙穂も真尋の元で本来の姿へと変化を完了させている。
「『殺人衝動25%解除(モータル・インテンツ・クォーターリミット)』!!」
水月が叫ぶと同時にその姿が真尋の前から掻き消える。
そして、真尋が知覚するよりも早く、真尋の首が強引につかまれた。
その腕は言うまでもなく、双夜水月の腕にである。
「挑発しても無駄だぞ?」
人型を取った絶が冷酷な笑みを顔に浮かべる。
「今の奴は理性がある人間だと思わない方が良い。
そうだな、化物か?」
絶は真尋の首が締め上げられていくのを見て低い声で笑った。
「ついでにいうと、握力なども人間離れしている。
窒息死で済めば良い方だぞ。いや、ほぼ確実にポキリと行く。」
水月は舌を出して哂いながら、真尋の首を強引に曲げようとする。
その間にも真尋は抵抗するが、術式も強打も水月という野獣を止める決定打にはならない。
「サヨウナラ、御堂真尋。」
「いいえ、誰も死なない。
死ぬのは貴方たちだけよ。」
少女の声がどこからか聞こえる。
それを聞いた水月は咄嗟に『殺人衝動』を解除した。
その隙に真尋が強引に水月の腕を振りほどく。
「非常に危ない所だった――」
真尋が咳き込みながら水月と距離をとる。
もっとも、水月が『殺人衝動』を発動すれば間合いなどはゼロに等しい。
だが、しばらく水月は殺人衝動を発動しないだろう。
そのように真尋は分析した。
かつて、一度だけ見たことがある院の姫君はどうやら予想以上に御転婆だったようだ。
「投馬壱与――!!!」
* * *
時は真尋と水月が激突する僅か前に遡る。
壱与は一人くらい部屋の中にいた。
正確には一人ではない。
壱与は懐から一枚の紙を取り出すと空に印を切った。
すると、その紙は猫の姿を型どる。
「そういうわけで逃げ出しましょう、黒丸。」
「マジかよ、壱与ちゃん。」
黒丸と呼ばれた黒猫は辺りを見回すと心底嫌そうに答えた。
「見つかったから殺されちまうぜ?」
「見つからなければ殺されない、てことでしょ?」
「ああいえば、こーいう姫様だ。」
黒丸は肩を竦め、お手上げの動作をした。
「どうせ、式である俺は壱与ちゃんに逆らえないんだけどね。」
「そういう事。」
「で、どうするんだい?
そこのドアには鍵がかかってるみたいだけれど。」
「ドアをバカ正直に通るつもりはないわ。」
そういうと壱与は通気孔を見上げた。
「あそこ、通れそうにないかしら?」
「ん〜、ギリギリかな〜。壱与ちゃん割とスリムだし。」
「じゃあ、行きましょう。黒丸」
「エッ、ボクも戦うの?」
「いえ、貴方は外の様子を見てほしいの。」
「そのくらいなら僕にもできるね。」
そして、姫は脱出する。
真尋の危機に馳せ参じたのはその直後であった。
* * *
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
夜の街にボブの悲鳴が響き渡る。
一時期は大勢のパトカーに追われながらも裏道へ逃げ込んだボブだが、終に掴まってしまったのだ。
「NO!じゃないYO!免許証!」
やけにノリが良い白バイ警官はそう言うとボブに免許証の提示を命じた。
しかし、ボブは免許を持っていないのだ。
免許証が手元に無いのではない。
存在すらしない、そう無免許運転。
(ソウルブラザーのためにここで時間を喰う訳にはいかない!!)
「いいから早く免許証。」
警官のテンションも下がっている。
このままでは自分は逮捕されてしまうかもしれない。
そう思うとボブは震えた。
(お主まさか――)
(ああ、俺はここまでノリで走ってきて実は免許なんてないんだ!)
周りに聞こえないほどの桜花の問いかけがボブの心を更に傷つける。
(俺にできること、それは――)
「ハッハー!免許なんて無いんだZE!」
そう叫ぶとボブは浩介と桜花を置いて走り出す。
「無免許だと、許さん!!」
妙な責任感に燃える白バイ警官はボブを追いかけるためにバイクに跨った。
「どうやら、アイツは囮になったようだ。」
「素直に事情説明すりゃ良かったんじゃねぇ?」
浩介は醒めた口調でそう言うと前方に聳え立つ巨大な煙突を見上げた。
「十三番廃工場、ようやく到達って訳だ。」
「急ぐぞ、他の連中が無事であるかの保証はどこにもないのだからな。」
「無事さ、きっと――」
駆け出そうとする浩介を桜花が制す。
チリン――
背後から鈴の音がしたのはその時であった。
* * *
「精霊音素――。」
水月は突然の来訪者を見て瞬時に能力を解除したのには訳がある。
「まだお前には利用する価値がある。
大人しく部屋にもどれ。」
絶が壱与へと詰め寄る。
「イヤ。」
「死にたいか?小娘。」
「殺してもいいのよ?
それで貴方たちが困らないなら。」
この返答には絶も詰まるしかなかった。
同時に、この男も――。
(こんなキャラだったのか……。)
真尋は正直困惑していた。
精霊音素の能力は聞いた情報を聞く限り、敵対能力への干渉。
だが、壱与自体の戦闘力は決して高くはない。
奈央がサポート程度の能力しか持たないのと同様、彼女も決して断罪者やナイヴス相手に立ち回れる力を持っていない。
「さぁ、どうするのかしら?断罪者。
第一、人質をとらなければ戦えないなんてとんだお笑いぐさね。」
その問いかけに水月は驚くほど俊敏な判断を見せた。
バシッ――。
乾いた音がした。
瞬時に壱与との間合いをつめ、壱与の頬を叩いたのだ。
いや、それは叩くなどというほど生易しいものではない。
殴られた壱与の体がバウンドして地面へと叩きつけられる。
「小娘が、粋がるなよ?」
水月の彼女への目は冷ややかだった。
「貴様の代わりはいないかもしれん。
貴様以上の裁定者への人質はいないかもしれん。
だが、それがどうした?」
水月が床に叩きつけられた衝撃で咳き込む壱与をの腕をつかみ強引にたたせる。
「お前は俺には逆らえない。
そのことを徹底的に教えてやる必要があったようだ。」
「貴様!!」
詰め寄ろうとする真尋を絶が制す。
「先に死にたいか?
その魔具で何ができる?ましてや、精霊音素を巻き込まずに。」
「望みどおりの辱められ方はなんだ?
せめてリクエストぐらいは聞いてやる。」
つかまれた腕の痛みに耐えながら壱与が首を振る。
絶もその光景を見て、陶酔したかのような表情で彼ら二人を凝視する。
真尋が歯がゆさに苦しんでいるのなどまるで眼中にないかのように。
そんな中で、その真尋の足を何かが引っかいているのに気づいたのは真尋だけであった。
黒い猫のような形をした式――黒丸である。
「来るよ、彼が。ボクが案内したからね。」
黒丸はそう告げると、ドロンという音を立てて紙へと戻る。
壱与が術を解除したのだ。
「さぁ、言えよ。
言わなければ俺が好きなようにするぞ?
この世でもっとも残酷で、最も傷つく方法でな。」
「やりたければするがいい。
でも、私の心は決して折れない。」
壱与が正面から水月をにらみつける。
この絶望的な状況でも逸らされぬ目に水月は苛立ちを感じるのを隠せなかった。
「その目を――止めろ!!!」
水月の拳が壱与を殴りつける。
例え殴られても、何度殴られても、壱与の目がそれることはない。
光を失うことがない。
「水月、癇癪を起こすな。」
「五月蝿いよ、絶。
剣はおとなしく俺に使われていろ。
俺が勝利をお前にくれてやる。
絶対的な悪の世界をくれてやる。
だから、俺の止まらぬ欲望を邪魔だけはするんじゃない。」
絶は半ば呆れたかのようにため息をついた。
「わかったよ、殺したければ好きにしろ。」
「それでこそ、俺の相棒だ。」
満足げに笑いながら水月が拳を構える。
(これじゃ、私のほうが人質だ。)
(ですが、真尋様。この状況では――。)
(術式も参式でも彼女を巻き込んでしまう。)
(しかし、このまま囚われているのは気に食わないのでしょう?)
(かくなるうえは――!!)
沙穂との会話の中で真尋は決意したのだ。
その命を散らそうとも、彼女を助け出すと。
そう、葛西浩介がたどり着くまで時間を稼げればそれでいい――。
「止めておけといったはずだが?」
「生憎諦めと性格は悪くてね。」
真尋が沙穂を抱えなおす。
「水月の邪魔はさせん。後々愚痴られるのは俺も嫌なのでね。」
「中間管理職の気分か?」
絶が苦笑する。
「違いないな。
だが、中間管理職が一流たるためには適材適所をわきまえておらねばならない。」
絶が指を鳴らす。
その瞬間、部屋の中に無数の気配が出現した。
天井からキィ、キィと小動物の鳴き声がする。
もちろん、ネズミなどと生易しいものでもない。
「念のために控えさせておいた業どもだ。
数だけはいるから、飽きさせることはないと思うが。」
真尋は絶から間合いを取るために後ろへと退いた。
「誘うは――」
真尋が術式を展開するのを絶は横目で見ていた。
(たいした洞察力だ。)
真尋の術式が完成する。
「雷神の斧!!!」
天井から降り注ぐ無数の雷が業たちを余すことなく打ち据える。
下級よりも遥かに強い中級術式に業たちは瞬時に全滅した。
「お見事。だが、まだまだいるぞ?」
絶の背後では水月が壱与の首をつかんでいるのが見える。
「いい加減強がるのは止めろ。本気で殺すぞ。」
水月の威圧に対し、壱与は苦痛に身をゆがませながらも、諦めようとはしなかった。
「貴方なんかに……屈しはしない……」
「そうか。
生憎、俺は気が短くてな――死ね。」
だが、水月が次の拳を振り下ろすよりも早く、重い扉が開いた。
闇の中に光が差し込む。
そこに映るのは一人の人間の影。
「貴様は……」
その一瞬の隙を突き、真尋が動く。
「沙穂!!!」
「ハイ!!!」
沙穂が魔力を解き放つ。
その一撃を絶はかろうじて避けた。
だが、水月はまともに喰らい、壱与を落とす。
絶が即座に指を鳴らす。
天井に再び業の気配が出現する。
「これで人質は無しというわけだの?」
手にした魔剣が光に反射する。
「……桜花か。」
絶が冷ややかな笑みを浮かべた。
しかし、その叫び声はクールとは程遠かった。
「ケリ、つけるか?桜花ァァァ!!!」
桜花はそれに応えない。
代わりに応えたのは浩介であった。
「ケリ?知るか。
宿命?知るか。
断罪者?知るかよ、クソ野郎。」
浩介が走り出す。
その手に桜花を構え、水月を真っ直ぐに目掛けて。
「絶!!」
絶が魔剣へと姿を変える。
そして、水月が素早く絶を手に取る。
「彼女に――壱与に何してんだ!!この野郎!!」
浩介と水月、桜花と絶が激しくぶつかりあった。
静かに、だが凛とした声で桜花が告げる。
「さぁ、始めようか。狩られるべきは断罪者。
全てに終止符を打つための、舞踏会(マスカレイド)を!!!」
二つの魔剣の衝突の衝撃は一筋の光となって天を穿った。
* * *
「おぉぉぉぉぉぉ!!!」
浩介の怒声と共に振り下ろされる桜花を、絶を握った水月が受け止める。
「始めまして、すら言わせてくれねぇのか?」
「いう必要なんてねぇよ。
お前が死んで、それで終わりだ!!!」
「違いねぇ!!」
両者が弾かれたように間合いを取る。
「発動はいいのか?」
「いらねぇよ。」
絶の問いかけに水月は首を振った。
油断というわけではなく、本能が気づいていた。
葛西浩介は確かに裁定者だ。
しかし、彼はついこの前戦士の道に足を踏み込んだいわゆる素人。
命のやり取りの中で生きてきた自分の敵ではない。
「そうだな、まずは腕を切り落としてやる。
次は足だ。達磨みたいに転がして止めを刺してやるよ」
水月はその光景を頭の中で想像すると、興奮のあまり声を上げた。
遥か遠方では浩介が桜花を構えなおしているのが見える。
「ノロノロしてんじゃねぇよ!!!
武器が重いぐらいなら戦場に出てくるんじゃねぇ!」
水月が疾る。
浩介はそれに気づくと桜花を中段に構え受け止める姿勢を見せた。
「甘いんだよ!!!」
水月の力任せの一撃が桜花めがけて振り落とされる。
その衝撃に受け止めた側である浩介の足がふらつく。
「一撃でその程度か?
もっと、俺を楽しませろ。そう、もっとだ!!!」
そう叫びながら水月は絶を叩きつけ続ける。
絶の目の前の裁定者はブツブツ呟きながら、ただ詰む瞬間を待ち続ける生贄でしかなかった。
ガキン。
音と共に浩介が大きく体勢を崩した。
「死ねや!!!」
水月にその隙を見逃す道理もない。
予告どおり、腕を切り落とすべく絶を振り落とした。
ガキン。
次に音がしたとき、絶が穿ったのは工場のアスファルトだった。
「なに!?」
水月の遥か背後から声がした。
声、というべきではないだろう。
その言葉は魔剣にとっては術式と等しき意味を持つ“力ある言葉”。
「桜花一式――煌牙!!!」
咄嗟の反応が遅れた水月は背後からその一撃をまともに喰らう。
「この、餓鬼が……!」
水月の一撃を長くは受けきれないと判断した浩介は次の手を既に打っていた。
『風の律動(シルヴァリズム)』。
その力が生まれた瞬間、全ての重力はゼロとなり浩介に向けていた牙を収める。
浩介は加速した状態で水月と間合いを取った。
そして浩介の予想通り、水月は無防備な背中を浩介に曝け出した。
「ノロノロしてたのはアンタじゃねぇのか。
頭使わなきゃ勝てるものも勝てないぜ?」
浩介は水月が激し易い性格だということは直前の問答で理解していた。
(ならば、最大限まで頭に血を昇らせてもらうぜ!)
浩介が再び能力を発動する。
水月は愚か、絶にすら浩介の動きは感知できない。
(これほどまでに、練磨しているとはな。
ただの桜花の操り人形というわけではないわけか。)
苛立つ水月と反して絶は冷静に分析を行っていた。
(奴の狙いは――)
水月の背後で風が動く。
「後ろか!!」
水月が背後に絶を振るう。
しかし、そこには何もない。
声がしたのは水月の利き側である右。
「腕を切り落とす、か。
いい判断だね、真似させてもらうわ。」
浩介が水月の右腕をめがけて桜花を振る。
確実に受け止められない。そう浩介は判断した。
たとえ、相手がどんな達人であっても隙は存在する。
攻撃に転じた瞬間、その刹那こそが最大の隙。
「そう容易くいくと思うな!」
無防備であった右側面が瞬時に正面へと変わる。
刀である絶が水月の体を動かしたのだ。
桜花と絶が再びぶつかり合う。
「甘く見てくれるなよ。」
* * *
浩介が間合いを取るべく再び能力を発動させる。
そして、水月と離れた位置で能力を解除した。
「魔剣も意思を持つ。
ならば、二人を相手にしていると等しい、てことか。」
桜花が浩介の呟きに対し、肯定の意思を示す。
「反応されるとは思っていなかった。」
「さすが、断罪者、というところかの。
だが、真っ向勝負では押し負ける。
ならば、お主は速力で勝負するしかあるまい。」
桜花と浩介が考えた戦法は完全なヒットアンドアウェイ。
最初のぶつかり合いで、腕力は既に浩介に分が悪いことを二人は理解していた。
「冷静さを欠くな、水月。」
「あのクソ餓鬼が……!」
水月は憤りを抑えることができなかった。
浩介の一撃を受けたこともだが、絶に体を動かされたことも彼の怒りを増徴させていた。
「俺は断罪者だ。」
「そう、その為にはお前にここで倒れてもらうわけにはいかない。」
絶対的に自身が有利と確信していた。それなのに、自分はまだ一太刀も浴びせられていない。
その怒りが水月の中に狂気を生んでいく。
「絶――、少し暴れるぞ。
貴様も俺の体を勝手に動かしたのだ、俺も勝手にさせてもらう。」
「せめて俺を壊すのだけは勘弁してくれよ。」
遠方に浩介が見える。恐らく次の衝突の前に再び、能力を発動させるのだろう。
だが、既に相手の能力はわかっている。
そして、葛西浩介は双夜水月の能力をまだ知らない。
御堂真尋が受けた、あの狂気の能力を――。
「『殺人衝動25%解除(モータル・インテンツ・クォーターリミット)』!!」
絶と水月の叫びがハモる。
「奴が能力を発動させた!!」
「了解!
『風の律動』!!!」
桜花の叫びで浩介が再び能力を発動させる。
体が再び加速状態に移行したのを確認すると浩介が走り出す。
「懐に飛び込むな、奴の能力はまだ未知数だ!」
「わかってる!距離をとって――!」
浩介の言葉が最後まで続くよりも早く、その眼の前に水月がいた。
「まさか、こいつの能力も――!」
水月の口が歓喜をその全体で体現するかのように大きく歪む。
「後ろへ跳べ!!!」
桜花が叫ぶよりも、浩介自身が危険を察して背後へ飛んでいる。
拳圧がアスファルトを砕く。
しかし、水月も確実にその軌跡を辿り、浩介の後を追ってくる。
「加速状態に視覚が対応できている、ていうのか?」
浩介が桜花に問いかける。
「野生の獣を知っているか?」
「質問に質問で返すなよ――え?」
その問いかけに答えたのは桜花ではなく絶であった。
「獣の五感は人間を遥かに超える。
つまり加速していようとも、水月にとっては――」
水月が加速した浩介めがけて、絶を振り下ろす。
その一撃をまともに受けた浩介は加速状態で壁へと激突した。
「ハエがノロノロ飛んでいるに等しいのだよ。」
崩壊した壁の土煙の中で影が動くのを見ると、水月は再び大地を蹴る。
巻き添えを避けるため、絶が人型を取る。
「いま水月にあるのは、殺人衝動のみ。
お前を殺すまで、水月は止まらない。」
土煙の弾幕を打ち破るかのように、浩介の視界に水月が飛び込んでくる。
その獣の腕が浩介の首を掴んだ。
浩介が苦しげに呻くのを見て絶は満足げに見上げる。
「悔しかろう、桜花。
もうすぐ俺の相棒がこの小僧の命を止めてやる。」
「勝手ほざいてんじゃねぇぜ……。」
浩介が苦しげに呻く。
「悔しかろう。
だが、貴様の人生も――人間どもの未来も――」
水月が絶を振り下ろす。
「ここで終わりだ!!!」
轟音と共に浩介は工場の壁へと叩きつけられた。
「――――ッ!!?」
声にならない激痛。
痺れて体がうまく動かない。
しかも、水月は遠慮する気配もなく突撃してくる。
「浩介、回避行動をとれ!!」
「ごめん、体マジで動かない。」
水月は目前に迫っている。
浩介は恐怖のあまり一瞬目を閉じた。
………
……
…
だが、体を裂く衝撃は浩介には訪れなかった。
恐る恐る眼を開けた浩介の表情が驚愕でいっぱいになる。
「馬鹿者が、戦で眼を閉じるなど愚の骨頂……と教えなかったか。」
実体化した桜花の胸に水月の拳がめり込んでいた。
「桜花……。」
「諦めるのはお前の勝手だ。
だが、背負う物の重さを忘れるな。」
桜花が血を吐く。
浩介には絶の喜びの表情が、桜花の背中ごしにハッキリと見えた。
「頼りにならない相棒を持つと大変だな。
助けたくはない、でも殺されるわけにはいかない。
だから、結局貴様は自分の体を盾にするしかなかった。
そして、結局お前達はここで終わるのさ。」
言葉にならない感情が浩介の中で湧き上がる。
怒り?悔しさ?
どちらも違った。
それは自分へのふがいなさ。
虚空との戦いで誓ったはずの信念は、自分では固いつもりでもとても儚く脆かった。
浩介が静かに立ち上がる。
「浩介、いま刀に変わ――。」
浩介は桜花を制した。
「俺のせいだ、少しだけ休んでてくれ。
決着にはお前の力が要るからな。」
水月がターゲットを浩介へと変える。
「馬鹿な真似はよせ――!」
浩介が静かに笑みを浮かべる。
そして、何回もつむいだあの言葉を再びつむぐ。
「『風の律動(シルヴァリズム)』。」
しかし、浩介の声と重なるように歌うように同じ言葉がつむがれる。
「『風の律動(シルヴァリズム)』。」
浩介の中に例えることが出来ない何かが流れ込む。
「光栄だな、この眼で見られるとは。」
真尋である。出現していた業は既に全て処理している。
「感じてる?葛西浩介。」
壱与が歌う。
「私は感じているよ、貴方の全てを。」
「これは……?」
「精霊音素……。
水月、どちらかを早く潰せ!!」
だが、野獣水月には届かない。
歌の旋律と共に壱与から浩介に何かが流れ込む。
歌が終わった。壱与が静かに言葉をつむぐ。
「『精霊音素(エレメンタルディストーション)。』
一陣の風が吹き抜ける。
優しく、強く、浩介を包み込んだ。
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