部屋の中には二人の人間がいた。

その一人――衣服を引き裂かれたOLが男へと哀願する。

「どうか、命だけは――私の事どうにでもしていいから!!」

数刻の沈黙のうちに、男は呟いた。

「食欲、睡眠欲、性欲?

俺が求めているのはそんな物じゃないのさ。」

男――双夜水月が剣――絶を抜く。

「殺人衝動。渇くのさ、誰かを殺せとな!!!」

古びた工場に悲痛な悲鳴が響き渡る。

この凄惨な行為は双夜水月――断罪者の儀式であった。


絶は物言わぬ姿と成り果てた女を一瞥すると、人間の姿を取った。

「さぞかし周りに愛された女であっただろうな。」

均整の取れた肉体、愛くるしい顔、その全ては最早ただの肉塊に過ぎない。

「興味はないな。」

「ならば、こちらの情報には興味があるか?」

絶は水月の反応を見たが、水月の無表情は代わらない。

「神威及びヘルが、精霊音素を確保した。」

「精霊音素……か。」

水月が窓の外を見る。

いつしか、外は豪雨となっていた。

「世界への交信者か。裁定者を殺す上で役に立つか。」



    #06 Mortal Intents - Recupture -


ホットラインが敷かれた1時間後、数名の男女が篠崎の部屋へと呼ばれていた。

霧崎章吾、水瀬奈央、そして御堂真尋。

「久しいな。奈央君。」

真尋が後から部屋へと入ってきた二人に声をかける。

「お久しぶりです、御堂さん。」

「ダレ。」

面識の無い昌吾が首をかしげる。

「お前が友情より始末書を取ったときの関係者だ。」

「お前、しつこいな。」

「君の噂はこちらでも聞いているよ。『壊れた拳』。」

真尋が章吾に握手を求める。

「ああ、こちらこそ宜しくな。『幻殺者』。」

自己紹介の間に篠崎が資料を回していく。

そこには神威が竜崎に告げた工場の見取り図、及び所在地で克明に記されていた。

「今回の目的は精霊音素の奪回。

敵対者は狩猟者級。激しい交戦が予想されるが、表立って動くわけには行かないのでな。」

「少数精鋭というわけですか。」

沙穂がメモを取りながら呟く。

「そう考えてもらっても構わない。」

そこで、篠崎は壁に寄りかかり立っている男――竜崎のほうを向く。

「竜崎殿。貴公にも協力を要請したい。」

だが、竜崎は首を盾に降ろうとはしなかった。

「俺は精霊音素がどうなろうとも関係ない。」

政府と院の関係は決して友好なものではない。

むしろ、険悪とさえ言えた。

「あのメイド女に助けられたカリはもう返したはずだ。」

「確かに、こちらに貴公を束縛する権利はない。

だが、大陸最強と言われる――」

竜崎が篠崎を睨みつける。

「世辞はいらん。その程度で動くほどれは安いつもりは無い。」

そう言うと、竜崎は部屋の外へと出て行った。

「やはり、無理か――。」

「仕方ないですよ、院と政府の関係以前に、あの人の性格的に協力はありえないです。」

「んで、篠崎。どうすんだよ。

誰か戦力になりそうなエージェント連中探してくるか?」

その時、誰かが廊下を駆ける音がした。

扉が大きな音を立てて開かれる。


     *     *     *

葛西浩介は扉を開けると同時に言い放った。

「俺を連れて行ってくれ!!」

だが、篠崎の返答は無情とも言えた。

「葛西浩介、今の君ではまだ狩猟者と交戦しても勝機は低い。

第一、何が君をそこまで駆り立てる。君と精霊音素の面識はないはずだが?」

「投馬壱与。」

「確かにそれは精霊音素の本名だが、それがどうかしたのかね?」

「俺はそこの子を助けたいんだ。他でもない俺自身のために。」

だが、篠崎は頑として譲る事が無かった。

「君の力はこの世界の希望となるものだ。

その君にもしもの事があってはならないのだよ。」

浩介が助けを求めるかのように真尋のほうを向く。

だが、真尋も篠崎と同意見であった。

「けど、浩介は虚空とか言う狩猟者に勝ったんだろ?」

「章吾はその場にいなかったから解らないんだよ。」

横から口を出した章吾に対する意見もまた辛らつであった。

「見逃してもらった、そういうほうが正しいだろうな……。」

「だけど、俺にも――!!」

「葛西浩介、命のやり取りに私情を持ち込むな。

君は部屋に戻りたまえ。」

「………。」

浩介が項垂れて、黙って部屋を出て行く。

それを見届けると篠崎は調査の結果を続けることにした。

召集に踏み切った理由も含めて。


篠崎に叱責された浩介は廊下に佇んでいた。

(あの顔は壱与だった……

俺が知ってる投馬壱与だった――!!)

浩介は舌打ちをする。

(ならば、俺が助けないで誰が助けるんだよ!!!)

浩介は何も言わず自分の部屋へと走り出す。


部屋に帰ると同時に、院内部の見取り図を浩介は取り出した。

桜花の部屋を探す為である。

いくら決意が強いとは言え、桜花無しで業に、ましてや狩猟者に勝てるはずが無いのはわかっている。

「アン?何、急イデルンダ?」

浩介は何も言わず、目的の場所を探し続ける。

「オイ、無視スルナヨ!!」

うさひこが頭に来たらしく、甲高い声で叫ぶ。

「…人参一番やるから、黙っててくれ。」

「オウ。」

即答。


     *     *     *

どれだけの時が過ぎたか浩介はわからなかった。

ただでさえ馬鹿みたいに広い院の一室だ。

更に、彼は篠崎に見つかってはならないのだ。

只でさえ、裁定者という身分からか、浩介は目立つ。

万が一、誰かに見られてしまえば、壱与を救いに行くことはままならないだろう。

仕方ないから連れて行く――篠崎はそこまで甘くない。

「見つけた!」

浩介は一つのルートを見つけた。

遠回りになるが、桜花の部屋へと繋がり、誰にも見つからずにいける道を。

浩介は廊下へと飛び出した。


「それで、食堂に行けば牛丼大盛りが食べられるのだな?」

「ええ、食べられますよ。」

夏美はそう言うと、桜花と共に部屋を出た。

夏美にとって、本当は牛丼などどうでも良い。

心配なのは壱与だ。

壱与の護衛番であった夏美に対して篠崎は簡単な事情を伝えてあった。

これは、夏美の独断である。

待機命令が出されている葛西浩介と魔剣桜花を引き合わせる。

そうすれば、最早結末は見えている。

自分ひとりでは業を倒せないかもしれない。

でも、自分と同じ思いを持った――あの時の表情から、葛西浩介は絶対に壱与を助けに行ってくれる。

だから、夏美は桜花を連れ出した。

「勿論、汁ダクなのだな?」

当人はそれを知る由も無い。


     *     *     *

「共に闘え、だと?下らん。」

竜崎は苛立ちながら院の階段を下りていた。

「俺は貴様等の敵だ。どうして味方をしてやる必要がある。」

だが、竜崎の中に一つだけ引っかかるものがあった。

あの男――神威の圧倒的な強さ。

「強い奴が前にいるなら、そいつを潰して前に進むだけだ。」

そう呟くと竜崎は階段を三段飛ばしで駆け下りて行った。


一陣の風が廊下を駆け抜ける。

自販機で緑茶を買おうとして人参一番を押してしまった女子隊員も、

食堂の横で明日の勝ち馬の話をしていた男子隊員も、

その風が何にであるかは気付きはしない。

葛西浩介は『風の律動』を発動したまま廊下を駆け抜けていた。

浩介の瞬間加速能力を使えば、一時的ながら、己の速度を音速に僅か劣る程度の速度まで高めることは出来た。

その状態で、目的の桜花の部屋の近くに辿り着くのはさほど難しくはない。

だが、桜花の部屋の扉をあけたとき、浩介には絶望しかなかった。

もぬけの空。

「こんな時に…どうしていねぇんだよ!!!」

浩介の悲痛な叫びが桜花の部屋に響き渡った。


     *     *     *

「のう、夏美。」

「ここは、食堂ではないぞ?」

「アア、違ウナ。」

「それとも、このウサギが夕飯なのか?」

「殺サレテェノカ!!!」

夏美もまた、頭を抱えるしかなかった。

葛西浩介には待機命令が出ているのではなかったのか。

夏美も、まさか浩介が独自に動いていたとは露知らない。

背後の魔剣と未確認生命物体のいがみ合いも今の夏美の耳には入らなかった。


     *     *     *

篠崎の自室。その奥には院全体を見渡せる監視カメラのモニタールームがある。

浩介と夏美の動きは既に篠崎に把握されていた。

警報が鳴る。

恐らくこれを聞いて、二人とも何事かと思うだろう。

「実に滑稽だ。」

篠崎は自分の立てた策を完璧だと信じていた。

夏美が動くのはまだ許容のうちだ。

だが、葛西浩介に動かれてしまっては、それこそ人類の未来が闇に沈む。

「責務を負うものの辛さ――さすがに君にはまだわからぬか。」

篠崎がマイクのスイッチを入れる。

『全館内、隊員に告ぐ。

葛西浩介、並びに魔剣桜花を一時的な軟禁状態にする。

これは此度の戦時特例である。』

こうでもしなければ、葛西浩介はとまらないだろう。

だが、自分は恨まれてもいい。

この世界の闇を取り払える希望が育ちきるまでは――


院の南門で章吾と奈央は、この放送を聞いていた。

「不味いな。」
「そうだね、篠崎さんに抗議行く?」

「聞く訳ないだろ。」

章吾が携帯電話を取り出す。

「誰に?」

「お前も良く知っている奴さ。」

章吾は奈央のほうを向きながら携帯のボタンをプッシュした。

数刻の電信音の後に、相手の電源が入る。

「はい。」

「よぉ、久しぶりだな。」

章吾は自分の名前を告げずにいきなり話を切り出した。

「“ソウルブラザー”が大ピンチだ。」

電話の向こうで相手が息を呑む音が聞こえた。

「住所を教えてやる。出来る事なら何か期待してるぜ。」

「オーケー、任された。」

エンジンがかかる音と共に電話が切れる。

「ねぇ、それってもしかして――。」

「さぁて、俺達は工場に行くとしようぜ、なぁ。」

「ところで、御堂さんは?」

「何でも、浩介を救出に行くんだ、とよ。」

章吾と奈央は歩き出す――まだ見ぬ敵が待つ廃工場へと。


     *     *     *

「一体全体何でだよ!!」

浩介が『風の律動』を常時発動させながら廊下を駆け回る

その背後からは数名の院の隊員たちが追いかけてきている。

勿論、篠崎の司令に応じて浩介を捕まえようとしているのだ。

(流石に倒すわけにはいかないだろ…!?)

今はまだ一般隊員だけだから問題はない。

だが、エージェント連中が出てきたら自分は捕まるだけでは済まないのではないか。

そう考えると、浩介には逃げるしかなかった。

「こっちです!」

前方を見ると沙穂が扉を開いて手招きをしている。

浩介はレーシングカーがドリフトを駆けるように『風の律動』を調整し、部屋の中へと転がり込んだ。

他の隊員達が部屋の前を駆け抜けていく音がする。

(どうやら、気付かれなかったようだな)

「浩介君。」

「助けてくれたのか、真尋。」

「君を一緒に連れて行くわけには行かない…。」

「如何して!?」

「篠崎さんの苦悩もわかってあげて欲しい。」

真尋の手が仄かに光る。

浩介がそれに気付くよりも早く、眠りを誘う術式が浩介を床に転がした。

「いいんですか?」

「ああ、篠崎さんに報告し、例の部屋に彼を届けておいてくれ。」

「真尋様も不器用な方ですね。」

「何のことだ?」

真尋がとぼけたように首を傾げ部屋を出て行く。

残された沙穂は眠っている浩介に話しかける。

「大丈夫、私も真尋様も霧崎さんも味方ですから――」

沙穂が浩介を抱えあげ、部屋を出た後には壊されたカメラだけが残っていた。


     *     *     *

『We keep staying in the nightmare.(僕達は悪夢の中に留まり続けている)』

いつもの場所でいつもの詩を聞きながら、虚空は眼下に広がる街を見つめていた。

「伊織、気付いたかい?」

「鮮血の月――だね。」

「ああ、血のように赤いこの月。気付かれてはいないが出現頻度が頻繁になっている。」

「始まるの?裁定者と断罪者の戦いが。」

虚空が月を見上げる。

「その時には僕の計画も動き出す。

裁定者がこの腐った螺旋を断ち切る為なら、僕は悪役にでも身を落とすさ。」

「それで、行くの?」

「十三番廃工場。精霊音素が囚われた場所か。」

虚空が考え込むしぐさを見せるのを見て、伊織は微笑んだ。

「ちょっと嫉妬しちゃうな、虚空にそんなに思われている裁定者のこと。」

「人聞きの悪い言い方だな。僕は別にハードゲイじゃない。

ただ、この身を一度捨てた意義を彼に求めているだけなのさ。」

伊織は虚空が好きだ。

だが、虚空は余りにも謎が多すぎる。

いつも共に行動している自分ですら、虚空の全貌はつかめない。

更には如何して虚空が自分を傍に置いてくれているのかも解らないのだ。

(虚空は何を考えているの――?)

少女が見つめる先で、銀髪の男はクスリと笑みを零した。

そして、伊織の声に出していない問いを言い当てたかのように言葉を紡ぐ。

「覚めない悪夢を――終わらせる為さ。」


     *     *     *

「待たせてすまない。」

真尋と沙穂が走ってくるのを見て、二人は歩みを止めた。

「浩介は?」

「ああ、君の思惑通りに事は進んでいる。

だが、篠崎さんが気付いていない可能性はゼロではないぞ。」

「だから、信用されてるアンタに一芝居売ってもらったのさ。

それに、イレギュラーな奴がもうすぐ舞台に上がってくる。

こればかりは篠崎にも予測は出来ないぜ。」

章吾は嬉しそうに笑うと、横で地図を見ている奈央のほうを見た。

「十三番廃工場へは、電車かな……。」

だが、時計を見ると既に終電の時間は過ぎている。

「線路を走るか。」

「そうですね、時間のロスは余り好ましくありません。」

「んじゃ、行くか。」

四人は無人の駅の階段を駆け下りていく。

普段、会社員で溢れるこの駅も、この時間ではまさに無人。

その光景は不気味とさえいえた。

ただ、四人は中に飛び込んだときに微かな違和感を覚えていた。

それは、かつて虚空と対峙した時と同じ感覚。

だが、幸い目的のホームが見えてくる。

走りながら奈央は抱えていた一つの疑問を口に出した。

「ねぇ、みんな――私達のこのコースは――」

「読まれてるだろうな。」

真尋が走る速度を抑えることなく、そう言い放つ。

「先に段取りを決めておこうぜ。

俺達の目的は精霊音素の奪回。呑気に業や狩猟者とやりあう暇はねぇ。」

沙穂が頷く。

「だから、誰か一人が狩猟者に喧嘩を吹っかけられても、

残りの連中は前に向かって前進する。

それでどうだ?」

「いささか不安が残る対象もいるが――。」

真尋が奈央のほうを向く。

「水瀬君は戦闘要員もサポート要員だ。

彼女が戦闘に巻き込まれた場合は――。」

章吾が笑う。

「この幼児体型に狩猟者なんて相手はさせねぇよ。

相手がそんな卑劣な奴なら俺が代わりにぶっ殺すさ。」

「章吾……。」

「ん?礼なら言わないでいいぜ、それより走れ。」

速度が落ちた奈央に振りむくことないまま章吾が言う。

だが――。

「幼児体型言うなー!!!」

奈央の渾身のケリが章吾を吹き飛ばす。

「無駄に傷作らせるなーーーー!!!」

そう叫びながら線路の奥へと飛んでいく章吾。

「……サポート要因ではないかも知れぬな。」

真尋の呟きに沙穂も軽く笑うことで同意の意を示した。

「でも、運搬列車が通ったら危ないですね。」

「この時間に通るはずはないさ。まぁ、轢殺など洒落にならないが。」

『轢殺の紫眼――!!!』

「ハァ!?」

この静寂を乱すものが来る――。


奈央に吹き飛ばされた章吾が身を起こす。

「あ〜、あの女、手加減しろよな。」

自業自得であることを章吾は知らないのだろうか。

だが、そんなお気楽な感情をすぐに吹き飛んだ。

光だ――

だが、その光は電車でも、出口の光でもない――。

能力によるオーラ。

『轢殺の紫眼――!!!』

電車並みに巨大な不可視の衝撃は章吾を轢殺すべく高速で接近していた。

「冗談――じゃねぇぞ!!!」

章吾は瞬時に壁をけり、線路下のスペースに転がり込んだ。

不可視の衝撃が壁を砕く。

「状況検分当たってるぜ……アレがヘルか。」

「出て来い、クソどもがぁ!!!」

ヘルの咆哮がすぐ近くで聞こえる。

(こいつは俺が引き受けるしかねぇな……

遠距離系能力者は苦手なんだが――)

線路の鉄を踏む音が聞こえる。

(チャンスは一度、至近距離から『壊れた拳』を叩き込む!!)

だが、それよりも早く。

「見つけたぜぇ?」

穴倉に逃げ込んだ獲物をヘルが嬉しそうに見る。

(能力展開がまにあわねぇ――!!!)

ヘルが穴倉へと拳を叩き込む。

(重過ぎるぜ――!!)

章吾は辛うじてその一撃を受け止めた。

「『圧殺の紫眼』――俺の能力は狭い所だと殺傷力当社比5千倍なんだよォ!!!」

章吾は前方の天井に不可視の衝撃が蓄積しているのを感じた。

(取れる道は二つ。

穴倉で集中攻撃を受けるか、穴から転がりだして、あのドデカイのに身を晒すか。)

章吾は瞬時に気論を出す。

(一方的にやられるのなどゴメンだね!!)

章吾が一瞬の隙をつき、ヘルの足を払う。

ヘルが体勢を崩すと同時に、狭い穴倉から転がり出た。

「てめぇが贄だ!!!カエルのように潰れちまえ!!!」

衝撃がつり天井のように章吾に降下する。

速度は速くない。だが広い。

「一か八かだ――!!!」

章吾が能力を解放する。

「『壊れた拳(ブロークン・フィスト)』!!!」

強化された拳を衝撃に叩きつける。

『壊れた拳』なら衝撃のように実体を持たない物も押さえ込む事ができる。

但し、能力が切れるよりも早くこの衝撃を潰しきれなかった場合には自分は敗北するだろう。

そして、ヘルが動いた場合――。

「お前、サンドバック希望か!?」

ヘルが嬉しそうに吼える。

(ああ、不味い、不味すぎる)

だが、真尋達の足音がしないのを章吾は感じていた。

(別ルートで先に進んでいてくれよ……ここは俺が引き受けるからよ)

ヘルが歓喜の咆哮をあげて拳を構える。

その時、線路の鉄を踏む音が反射した。

「お前の仲間かァ?」

ヘルの問いかけに章吾は応えない。

「なら、仲間の目の前でテメェを潰してやるよ。」

足音が近づいてくる。

その主が姿を見せたとき、驚愕したのはヘルだけではなかった。

だが――来訪者は御堂真尋でも水瀬奈央でもなかった。

「切り裂いてやったはずだがな、その腕は――」

言うまでもない。戦闘狂だ。


竜崎が刀を抜き放ちヘルに一瞬で肉薄する。

「次は細切れにしてやるよ」

ヘルが竜崎の一閃を避わすために距離を取ったのを見ると、章吾は『壊れた拳』で衝撃を破壊した。

「お前、来ないんじゃねぇのかよ」

「勘違いするな。」

振り向くことが無いまま、刀を下ろすことが無いまま、竜崎が背後の章吾へと言葉を飛ばす。

「俺より強い奴を斬りに行く。」

「お前は何処かのゲーセンのキャラか?」

「つまり、最強の俺様を殺りにきたってワケか。」

「笑止!」

竜崎が跳躍する。

「テメェなんて眼中に無ぇよ!」

竜崎がヘルを頭上から突き刺そうと刃を構える。

高速落下による兜割だ。

だが――ヘルの衝撃の盾が竜崎の一撃を阻む。

「何なら試してみるか?密室閉鎖空間での俺様は強いぜェ?」

「上等――!!!」

竜崎とヘルがぶつかり合う。

(引き立て役みたいで癪だがお前に任せるぜ!)

章吾は先に向かったはずの三人と合流すべく、前へと走った。


     *     *     *

浩介が目を覚ました時には、そこは何かの倉庫のようであった。

巨大な窓があるが、そこには明らかに結界が張っている。

窓を開けて出ようとすることは出来るが、結界により阻まれてしまうだろう。

(クソ、万事休すか――!!)

バイクの音が聞こえた。

浩介が眼下を見ると、何者かがバイクで石段を上がってきているのだ。

だが、どこかで見覚えのある頭。

そして、背後を走ってくる三人の取り巻き。

更にバイクの背に乗る見慣れた顔!

「飛ぶのだ、浩介!!!」

桜花が窓から見下している浩介に叫ぶ。

迷う暇はなかった。

浩介は窓を蹴破ると、その身を階下へと躍らせた。

結界が何だ。

もし、結界が自分の腕を引く裂くなら、自分の足を引き裂くなら

そんな物いくらでもくれてやるつもりだった。

今の彼の望みは投馬壱与の奪還のみ。

結界――反逆者達の防衛線が刹那、解かれる。

浩介を受け止めるものがなくなった空間は、そのまま浩介に自由落下を強いる。

メギョ――――鈍い音が響く。

「登場シーンも以前と同じとはな、流石だぜ、ソウルブラザー!」

浩介に頭を踏まれながらも、ボブはバイクを走らせ続けた。

「お前等、後のことは任せるぜ!!」

「オーケー、ボブ!浩介君の格好してそこに転がってればいいんだな!」

「ボブ、痺れるぜ!超痺れるぜ!」

「クレイジー!ソークレイジー!!」

取り巻きの三人も健在である。

ボブの後部に座る桜花が、魔剣の状態へと戻る。

「早く座らぬか、ボブに迷惑だぞ。」

「ハッハー、大丈夫さ、ソウルブラザー!」

浩介は桜花を握ると、ボブの後部へと座った。

「これを被れや。」

浩介にボブがヘルメットを渡す。

「話は聞いてるぜ。十三番廃工場だな。」

ボブがギアをあげる。

背後へと駆け抜けていく風が浩介の顔を打つ。

「ボブ、サンキューな。」

「気にするな、俺達はソウルブラザーだろ。」

「のんびり話している暇はない、前方を見よ!!」

十三地区へは高速道路を通るのが早い。

だが、立体交差が無惨にも割れている。

そして、そこに佇む一人の黒いコートの男。

ヘルでも神威でも――ない新たな狩猟者。

「初めまして、僕は冥加。

君の邪魔をしに来たんだよ。」

糸目の男が笑顔で手を前方へと翳す。

「誘うは――」

「車上では不味い――避けきれぬぞ!!」

「このボブを、舐めるなよ。ファック野郎がッ!!」

ボブが走らせるバイクが冥加へ向けて突っ込んでいく。

「アハハハハハ、馬鹿だね、君。

うん、見るからに馬鹿そうだ!!!」

冥加が術式を構成するのが間近で見えた。

「これは高位術式――

まともに喰らえば一たまりもないぞ!!!」

だが、ボブは進路を変える様子は見えない。

その代わりに、ボブは叫んだ。

「ブラザーーーーーー!!!」

瞬時に、ボブの意図を察した、浩介が能力を発動させる。

「『風の律動』――シルヴァンギアブースト!!」

浩介の加速に乗じて、バイク自体が加速する。

それによる、冥加が術式を完成させるよりも早く、ボブのバイクが冥加の横をすり抜けていく。

「背中を見せていいの?打ち抜いちゃうよ?」

「お前こそ背中を見せていいのか?」

声がどこから度も無く聞こえる。

「その声は、まさか――」

冥加の影から一人の男が躍り出る。

「八坂虚空!!!」
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