時は、葛西浩介が桜花と出会うよりも1月以上さかのぼる。




ベイブリッジがそう遠くなく見える。
    
この場所には町の喧騒は聞こえない。

かつては夜になればカップルで賑わった埠頭。

しかし、いつしかこの場所は裏を生きる者達の集まる場所となっていた。


軽く開いた倉庫の中――そこは正に闇の象徴。

ドラッグに銃火器、さらには拉致されてきたのだろうか、まだ年端もいかない少女。

それらの"物”を巡り、千万単位の値段での競りが行われていた。


「京極庭様が3本のご提示です。」

京極庭というのはもちろん、この集会におけるコードネームだった。

その名を冠するこの30を超えたばかりであろう男は、にやけた笑いで少女を視線で舐め上げていた。

この男はその筋では有名なサディストな幼女愛好者であった。

もしこの競りで彼が勝ち抜けば自然とその未来も一つに決まっている。

だが、それを止めようとする善人も偽善者すらもこの場には存在していない。


「3本!それ以上の方はいらっしゃいませんか!」

髪をオールバックに撫で付けた黒服の男が、タイミングを見計らい声高らかに叫ぶ。


3本。すなわち、この世界における3千万である。

その値段は少女の値段としては法外に位置する。

これ以上の値段をつけるのはよほどの狂人か、金が有り余っている人間だけだろう。


「それでは京極庭様の落札です。」

拍手が響き渡る。

賞賛の拍手ではないことは誰もが承知している。


また、金を落としてくれてありがとうよ――

その場の誰もがそう思っていた。

事実、この裏市場を取り仕切る男の懐には何十億もの金が一日で転がり込む。

徐々に拍手がやみ、黒服の男が次の商品の解説を始めようとしていた時だった。


一つの拍手だけが止まらずに響いていた。

黒服は迷惑そうにその音の人物を睨み付けた。

だが、その表情がすぐに驚愕へと変わる。

その視線の先にいたのはこの場所にはどう考えても似合わない青年――。

ただ、彼を普通の青年と思うものはいなかった。

黒い刀身の抜き身の刀。そこから滴り落ちる鮮血。


誰が、一般人と思うであろうか。

それ以前に、入り口には銃を持った数人の男達がいる。

参加資格なしで、ここに入ろうと思うならば――

まず、警護の連中とぶつかるはずであった。


「殺し、というのは法律で禁じられているんだよな。

それを犯した死刑囚は執行人に殺される。

しかし、それを裁く執行人は殺人者なのに罰されない。」

その場にいた誰もが呆然としていた。


「ここはお前のようなガキが来る場所じゃねぇんだよ。」

一人の屈強な男が青年に近づいた。

遠くから見れば首が3つあるように見えるのだろうか。

肩の筋肉が異常なほど盛り上がり、男の凶暴性を象徴していた。


「ならば、お得意の暴力で退ければいいだろう?」

青年は臆する様子もなく言い放った。

「どうせ、お前らも一人か二人は殺しているツラしてやがる。

それが増えようが仔細無い事だ。遠慮は要らんぞ」


青年が最後まで言い終わるのを待てるほど男は気が長くなかった。

屈強な腕から繰り出される拳は青年の後ろの壁を安々と砕く。

「ミンチにされたくなかったら、お家に帰りな」

そういうと男は自慢の腕を壁から引き抜こうとした。

だが、腕は依然として壁にめり込んだままである。


「ミンチか、お前には細切れがお似合いだな。」

数秒思考が停止していたのだろうか――しばしの時が経った後に、男が顔に似合わぬ甲高い悲鳴を上げる。

男の腕を軽々と切り落とした青年は狂ったように嘲り笑う。


「案ずるな。この場の全員、俺が断罪する。」

刃が赤い軌跡を残す――。

その刹那、男の悲鳴は強制停止させられた。


その場が凍りついたかのように誰も動こうとはしなかった。

青年は手近なところから首を刎ねていく。

まるで胡瓜を包丁で軽く切るように一つ一つと首が地面へと落ちていく。

鮮血のシャワーに動じることなく、その若き死神は誰一人として見逃そうとしない。

闇の象徴が鮮血と死の象徴に成り代わるまで長い時間は要らなかった。


青年は京極庭に突き刺した刀を静かに抜いた。

京極庭の自慢の一張羅に刃を擦り、血を拭く。

京極庭の下には彼と共に串刺しとされた3千万の商品。

彼が庇ったのであろうか、それとも盾としようとしたのだろうか。

しかし、その真実を知るものは既に話す事など不可能であった。

それを一瞥すると青年は唾を吐き捨てた。



血生臭い光景が、嘘のように優しい海であった。

「水月。貴様の闇はとてつもなく深く、そして心地よい。」

「最高の褒め言葉だな。」

埠頭の倉庫から出た絶の第一声はそれだった。

黒き刀身の刃――魔剣・絶。

そして、あれだけの人間を瞬時に殺し続けた青年――双夜水月。


「これだけできれば、練習は十分だな。

お前はいい断罪者になれる。」

水月が絶を放り投げると絶は長身の銀髪の男へと姿を変える。

この男の名は絶。人の姿を取っているが、れっきとした魔剣である。


「そろそろ旅立つか?」

絶の問いかけに、水月が面等臭そうに応じる。

「ああ、もうこの世界の平和すぎる奴にも飽きてきた」

「最高だな。銃をあれだけ向けられて平和といえるのか。」

二人が練習と称し、乗り込んだのは首都圏最強といわれる暴力団の闇市場である。



絶が手を宙へとかざした。

「後戻りはできんぞ。まぁ、聞く必要は無いかもしれんが。」


キィ――

耳鳴りのような音が響き渡る。

「さっさと行こう。俺の『殺人衝動』が疼いてたまらん。」

水月はそう言うと空間に開いた窓に足をかけた。

「この世界に何か言うことはあるか?」

絶は再び刀に戻り水月の手に収まった。

「何も無いな。この糞みたいな世界になど。」


断罪者、双夜水月は旅立った。

ただ、自らの衝動――止まる事なき殺人衝動を満たすために。

それ以外の事は、どうでもよかったのだから。


それもまた、月が明るい夜の出来事であった。




    #01 Broken Fist - Noisy night - 







「やっと、辿り着いたのかよ・・・!!」

それが、葛西浩介が街に辿り着いた第一声であった。

「今日はこの辺りで宿を取ろう。」

人型を取っている桜花が、適当な宿を探そうと首を回す。

「そうだな。さすがに疲れた。」


異空間の穴を越え、彼らが辿り着いたのは巨大な森林であった。

森林伐採が進んだ浩介の世界の基準では、稀ともいえるほどの大森林である。

だが、その大森林は二人を歓迎してくれた訳ではなかったようだ。

いや、それとも逆に歓迎されすぎてしまったのかもしれない。

幾度と無く迷い、

幾度と無くカルマと遭遇し、

食料も水も底をつき――とはいえ、最初から所持していなかったが。

そして、ようやくこの町に辿り着いたのである。


「第八地区か。多少治安が悪いな。」

桜花が電柱の表示を見る。

「第八地区?」

「うむ、この街の名前だ。

ひとまず、適当な宿に入ろう。この世界についての基礎知識ぐらいは教えておきたい。」

そう言うと、桜花はとても怪しげに聳え立つ、前方の建物へと入っていった。


高台にあるその建物からは、第八地区と呼ばれた町が一望できた。

ただし、気候が悪い為か、それとも港町特有なのか薄い霧が立ち込めていた。

港町なのであろうか。

遠くに見える港では、船が盛んに出入りしている。

「あれは――何だ?」

その海の果てとも言えそうな場所。

そこには巨大な壁が存在していた。

気になった浩介は、置かれている有料望遠鏡に百円硬貨を入れる。

反対側の方角にも巨大な壁が見えたような気がしたからであった。

だが、乾いた音と共に硬貨が飛び出してきた。

「通貨制度――違うんですか。」

「何をしている!早く中に来い!!」

項垂れている浩介の背中に、桜花の声が突き刺さった。


「巨大な壁が見えた?」

「ああ。」

「当たり前だろう?」

浩介の問いかけに、桜花は至極当然という顔で応える。

「まぁ、それも踏まえて解説してやる。

まるで今のお前は、田舎から出てきた人間のようだからな。」

桜花が声を立てて笑うが、浩介は面白くなかった。

「当たり前だろ、俺は別の世界の人間なんだから。」

「まぁ、笑ってすまなかった。

ひとまず、立ち尽くしていないで座れ。」

そう言うと、桜花は一つしかないベッドに腰掛けた。


「先に言っておく。路銀が最低限しかないからな。

お前が床だ。」

浩介は呆れたような、諦めたような態度で首を振り、床へと座り込んだ。



「さてと、壁についてであったな。」

浩介が頷くを見て、桜花が説明を続ける。

「まず、この世界は『隔絶世界』と呼ばれている。

その理由があの壁だ。」

桜花が立ち上がり、カーテンを開ける。

「霧の中からでも見えるほど巨大。

そして殺風景な事この上ない。それがあの白い壁だ。

その白い壁によりこの世界は隔絶されている。

理由は、私にもわからない。

いつしか、あの壁があるのも当然だと思うようになってしまったからな。」

「壁の中の世界か――。

じゃあ、やはり外にも世界が広がっているのか?」

「それは勿論だ。

ただし、中の人間が外に出るためには政府の許可、そして莫大な費用がかかる。

一部の人間を除いては、外の世界になど魅力を感じる物などいないよ。

外の世界は至極まともで普通な世界なんだ。」

自分のいた世界とは外の世界なのではないだろうか。

浩介はそのように考えていた。

「外に出れば、私達は異能者だ。

巧みに隠せねば、排斥される。そんな事を気にするぐらいならば、壁の中にいたほうがよい。

この世界の人間とは自分と違う物を同一とは認めない。そんな歪んだ思想の持ち主だからな。


ところで、小腹が空いた。ルームサービスを取ってもいいか?」

「お前の金だろ?」

「うむ、ならば遠慮は要らんな。

お前も取りたい物があれば選ぶといい。ツケておく。」

「ツケかよ!!!」

呟きながらもメニューに眼を通す浩介であった。

「見ながらで良い。聞いておけ。

この世界はあの壁により仕切られているのは理解したな?」

浩介がメニューを見ながら頷く。

「この第八地区は外界との連絡壁がある為か、

警備も治安も面倒なほどに悪い。だから、森に着くように調節したのだが――。」

いい篭るところを見ると、どうやら思惑通りには行かなかったらしい。

「まぁ、無事につけたのだから良いとしよう。

それで、この世界にはアレよりも多少小さな壁もある。

それが、地区を区切る壁だ。」

どうやら、浩介が貨幣社会の違いを痛感した際に見ようと思っていた物のようだ。

「つまり、あの壁で区切られて、街が構成されてるって訳か。」

桜花は満足そうに頷くと、置いてある電話を手に取った。

「頼むぞ、決めたか?」

「肉まん。」

「1つだな、了承した。」

「いや、2つ。」

「却下だ。」

浩介のブーイングも黙殺された。

要求を破却した桜花が通話を開始する。

桜花が注文を取る間、浩介は窓の外を眺めている事にした。

浩介は壁――については理解していた。

だが、それではまるでこの世界の人間達は犯罪者のようではないか。

彼の心中にはその疑問が燻り続けていた。


桜花が注文を取り終えたらしく、ベッドへと座りなおす。

浩介も再び、床へと座る事にした。

「この世界には五つの勢力分布がある。

まずは院、政府、教会だ。

この3つは互いに業を狩る存在だが、すこぶる仲が悪い。

それこそ、業が消えた瞬間に全面戦争を始めるぐらいな。


そして1つが、言わずもがな業どもの勢力だ。

つまり、お前が倒すべき存在はこいつらだ。

ただし、忘れてはいけない事がある。

業の勢力だからといって、全てが業で構成されている訳ではない。」


浩介は耳を疑った。

人間でありながら、業に属する存在が居るのであろうか。


「人でありながら、業と手を組む物もいる。

上級になればなるほど、業の姿も人と類似する。

つまり、意思の疎通が出来るという事だ。同様に、全ての業が悪とはいえない。

双方の間に愛が芽生える場合もある。当然、繁殖も可能だ。

業の中にも人と協力する――『同族殺し』が稀にいる。奴らを狩れとまでは言わん。

だが、人でありながら業に属する奴らの代表――見当はつくか?」


浩介が首を横に振る。

「犯罪者だ。」

「犯罪者?」

「奴らにとっては業と組んでいたほうが仕事がやりやすい。

そんな奴らが異能に目覚めた物だから、なおさら性質が悪い。

奴らはお前が裁定者と知れば、間違いなく命を狙うだろう。

今のお前に必要なのは、私を扱う能力だ。

それがまともなレベルに達するまでは、慎重に動け。」

「ああ。それより、最後の勢力というのは?」

「普通の人間だ。」

ベルの音が重い空気を打ち破った。

桜花が嬉しそうに扉へと駆けて行く。

(本当に、食い物が好きな奴だな――。)

浩介は一人で苦笑した。


(しかし、3つの勢力か――人間同士でも争うし、業とも争う――。

戦争ばかりだな、この世界は・・・・・・。)

桜花が大きな盆を抱えて戻ってきた。

顔に見ている方が微笑んでしまいそうな、嬉しそうな笑みを浮かべている。

「さてと、5つの勢力についても理解したな?」

もっとも、口に何かを咥えながら言った為、そうは聞こえなかったが。

「口に物を入れたまま喋るな。行儀が悪いぜ?」

「お前は妙な所が几帳面だな。」

「5つの勢力については理解した。

それで、俺達はこの後どうするんだ?」

「院に知り合いが居る。

しばらくは院に厄介になるつもりだ。」

(つまり、三竦み状態に巻き込まれる訳か。)

「昔からの知り合いだ。

断罪者と通じている事など有り得ん。」

「まぁ、お前がそう言うなら、俺もそれに従うまでだ。」

浩介も肉まんを口に頬張る。

「院の場所はどこにあるんだ?」

「第3地区。

実を言うと、先ほど連絡をしておいた。

2,3日のうちに使いの者を派遣するとの事だ。」

「なるほど、それまではこの地区に滞在する訳だな?」

「そういう訳だ。大いに喰おう。」

「金の事考えろよ?」

そう言いあうと、二人は目の前の食べ物を片付ける事に集中する事にした。


空になった皿が片付けられる。

「眠いな。」

「お前は、食っちゃ寝する親父属性か?」

「失敬な事を。これでも人間年齢では24だぞ。」

桜花が不満そうに、浩介を睨んだ。

「それに、先に言ったとおりだ。この町は治安が悪い。

早く眠らないと、寝付くことすら出来んぞ?」

そう言うと、桜花は布団の中へ潜り込んだ。

浩介が時計を見ると、その針は八の数字を指差している。

「マジか・・・・・・まだ、8時だろ・・・。」

だが、時は既に遅く静かな寝息がベッドの中から聞こえていた。

「俺は・・・やはり、床なのか?」

しかし、寝息は彼の問いかけには何も答えてはくれなかった。


「つまんねぇな・・・・・・。」

浩介はクローゼットから毛布を取り出すと床にそれを敷いた。

「少し横になるか・・・・・・。」

窓の外から悲鳴が響いたのは、その時であった。



     * * *



「何だってんだ!?」

浩介は跳ね起きると、窓へと向かった。

眼下には4名の男。そして、彼らに取り囲まれた一人の女性の姿があった。

かつての浩介なら決して彼女を助けるような真似をしなかっただろう。

だが、今の彼は頭で考えるよりも早く、体が動いていた。

「たまには、勇者様ごっこも悪くないか。」


「YOYO!!!姉ちゃん、俺達と夜の散歩としゃれ込まないかい!」

スキンヘッドにサングラス、黒々と焼いた肌。

明らかに怪しい風体をしている男に詰め寄られ、女性は悲鳴を上げた。

「ボブさん、クレイジー!」

「ボブさん、しびれるぅ!」

「ボブ!ボブ!」

周りの男達が変人――ボブに賞賛を浴びせると、ボブはそれに応える様に踊りだす。

「YEAHHHHHHHH!!!」

その巨体からは想像できないほど見事なストリートダンスである。

だが、踊り始めた事がボブにとっては不運だった。

「よっ。」

一つの影が眼上から跳躍する。

その影――浩介は、事もあろうか踊り始めたボブの上に着地した。


メギョ――鈍い音が響く。

『ボブウウウウウウウウウウ!!!!』

取り巻き達の声が見事に調和する。

浩介は着地してやっと気付いたのだろうか。

ボブの上からゆっくりと退くと、ボブへと話しかけた。

「あ、悪い。」

「悪いじゃねええええだろうがああああああ!!」

スキンヘッドから血を流しながら、ボブが青年を睨みつける。

「おいおい、このガキ、ボブを怒らせちまったぜ!」

「ボブがダンスを邪魔されるのが嫌いって事知らないのか!?」

「クレイジー!ダブルクレイジーだぜ!!!」

取り巻き達が意味不明に喚き出すのを見て浩介はため息をついた。

「いやさ、俺も普通に下りようと思ったんだ。

そしたらあんたがいきなり後ろに下がるから――。

あ、よく言うだろ?急ブレーキ、走り出したら止まれない!」

「おお、なるほど・・・・・・て納得できねぇよ!!!」

ボブが浩介に向けてナイフを抜く。

「このボブをコケにしやがって・・・・・・野郎ども、バラすぞ!!」

「まぁ、俺が引き受けてるから・・・・・・。」

浩介は後ろの女性のほうを振り向いた――が。

変人達のパーティに関わっていられないと感じたのだろうか。

女性の走り去る姿が遥か遠くに見えていた。

「うわ、放置プレイかよ。」

そう言うと浩介は眼前の四人に向けて意識を集中せざるを得なくなった。


3人の取り巻きが一斉に浩介のほうへと猛攻(アサルト)を開始する。

「まぁ、人間3人なら業3匹よりは楽だよな。

ていう訳で一丁やるぞ、桜花!!!」

だが、その声に応える物はいない。

「あれ?桜花?もしもし、桜花さん?」

浩介は数度呼びかけて、やっと思い出したかのように手を叩く。

「アイツ、寝てるじゃん!!!」

「一人ごと言っても許されないぜ!!!」

眼前を白刃が通り過ぎる。

それに斬られ、前髪が数本風に舞う。

(素手で三人――いや、マズイだろ!!)

浩介は距離をとる為に後方へ駆け出した。

男達も彼を追いかけ始める――勿論、ボブも。

「五月蝿いぞ!!!」

仕事疲れのサラリーマンだろうか。

窓の上から罵声が飛ぶ。

それを合図とするかのように、浩介は突然立ち止まった。

空気中の霊子を練りあげ、頭の中にイメージをする。

焔が追い縋る男達を焼き尽くすイメージを――。

『誘うは――!』


術式。いわば魔法である。

霊子を練り上げ、頭の中でイメージを行う。

術法の素質があるならば、その単純な行為だけで武器よりも勝る破壊の力が行使できる。

ただし、その素質がある者はごく稀である。

偶然、森の中で桜花が浩介の素質を見出さねば、彼には打開策はなかっただろう。


力ある言葉が紡がれる――。

『焔の律動!!!』

焔が浩介の呼びかけに答え、男達へと襲い掛かる。

焔がまるで、じゃれつくかのように――男達にまとわりつく。

『ボブウウウウウ!!!』

男達が、彼の後ろの男――ボブへと助けを求め叫んだ。

「Oh,ブラザー!いま助けるぜ!!!」

ボブが男達へ向けて駆け寄る。

「熱ッ!」

「ボブウウウ!素手で触っちゃ駄目だァ!!」

「クレイジーだぜ、ボブ!」

「だが、そこが痺れるぅ!!」

浩介はあきれ返ると、指を一回鳴らした。

それと同時に、焔が消えうせる。

『ボブのパワーか!?』

「Of,Cource!!!」

「いや、違うから。」

浩介のツッコミに男達が一斉に振り向く。

「お前が消してくれたのか・・・・・・。」

ボブが感謝するかのような声を上げる。

「だが、ボブ!こいつは敵だぜ!!」

「どうする、ボブ!」

「悩むボブも男気満点だぜ!!!」

(帰りたい・・・。)

頭を抱えている浩介にボブは右手を差し出した。

「ブラザーたちを救ってくれたんじゃあ、文句は言えねぇ。

今回の事は水に流して休戦と行こうじゃねぇか。」

「ああ・・・・・・。」

浩介は心底嫌そうにボブの右腕を握った。

「これで、俺達はソウルブラザー(魂の友)だ。」

「全力で拒否する。」

浩介は握った手を急いで振り払った。


ちなみに、この騒がしさに近隣の住民達が怒り狂い、

物を投げ落とし続けたことはこの際どうでもいい些細な事だろう。



     * * *



「そうか、ソウルブラザーはこの町は初めてか。」

「ソウルブラザー言うな。」

先ほどの場から離れた港の近くにある公園である。

そこに、ボブは浩介を連れてきたのだ。

「第一、何でお前らとここでコーヒー飲んでるんだよ。」

浩介が缶コーヒーを一気に飲み干す。

「いい飲みっぷりですね、浩介さん!」

「ボブほどの男気じゃないけどな!」

「けど痺れるぅ!!!」

「お前らも黙れ。」

そんな浩介を横に、ボブは馴れ馴れしく彼の肩に手を回した。

「まぁ、そう長居はできないけどな。

ここは森に近いからな。余り遅くになると、連中が街に降りてくる場合があるのさ。」

浩介はボブを手を振り払うと、立ち上がった。

「どこへ行くんだ、ソウルブラザー。」

「お前らには関係ないだろ?

連れがいるんだ、何も言わずに出て来たからな。」

ついてこようとする、ボブのほうへと振り返ると浩介は言った。

「ほう、コレか。これから、一発か。」

ボブが小指を立てる。

「焼くぞ。」

「ゴメンナサイ。」

浩介が霊子を練り上げるのを見て、ボブが即座に謝る。

「兎に角、ついてくるなよ。」

「というか、浩介さん。

俺達も帰り道一緒なんですけど・・・・・・。」

取り巻きの一人がおどおどしながら言う。

「・・・・・・わかった、ついてきてもいいから。

ただし、静かにしろよ。」

そう言うと、浩介は頭の後ろにある大きな瘤を撫でた。

先ほどの騒乱で、上から投げられた植木鉢が後頭部に直撃した為だという事は言うまでもない。

もう同じ目に会うことだけは避けたかった。



「OH,Yeah〜♪」

男達の音程が外れた歌声が静まり返った夜の街に響く。

「おいおい、ソウルブラザー。

どうして離れて歩くんだよ。」

ボブが後を一人歩く浩介のほうを振り向く。

当然「関わり合いになりたくないから」であるが、

それをボブがわかるはずも無い。

「OKOK,別のソングがいいんだな、この我侭さんめ。」

ボブ達が再び歌いだすと、浩介の頭はまた痛みを訴えてきた。

(どうして、俺はこんな奴らと一緒にいるんだろう・・・・・・。)


突然、男達の足が止まる。

それに気付かなかった浩介はボブの大きな背中へとぶつかった。

「おい、いきなり止まるな・・・・・・て、あれは・・・・・・!」

ボブへの文句は、瞬時に別の物へと変わった。

「アレは・・・・・・。」

森の中で見たような異形の存在。

それよりも遥かに巨大なカルマがそこにいたのだ。



ボブが言ったとおり第八地区は森に近い。

カルマが餌を求め、街に下りてくる事も稀ではない。

良識ある者や生への執着が強いものはとうにこの地区を捨てている。

だが、その化物が自分達の目の前に現れるとはボブ達は考えてもいなかったのだ。

その姿は牛に酷似していた。

ただし、その角は明らかに凶暴性の塊と思われ、

更には、口から垂れている液体に触れた地面が溶け出していた。

ダメ押しで言うならば、牛よりも数段大きい。

確かに、浩介には桜花という闘う力がある。

術式という対抗手段がある。

だが、ボブ達にはその力が無い。

即ち、彼らは狩られる物なのだ。

だから、彼らは悲鳴を上げる。

弱肉強食――弱者は強者に怯える事しかできない。

この上なく馬鹿らしい、この四字の原理の象徴として彼らは悲鳴を上げる。

隔絶世界という檻の中を生きる上で、決して避けられない非日常として。

そして、その悲鳴が戦いの幕を開ける。


「下がれッ!!!」

浩介はボブ達を庇う為に、一歩前へと飛び出した。

カルマが突撃(チャージ)を開始する――。

轟――

巨体が風を切り、浩介達へと圧し掛かる。

だが、術式の完成のほうが僅かながら早かった。

『誘うは堅牢なる壁!!!』

エネルギー結集体として構築された術式壁と巨大な業の大角とが激突する。

「ソウルブラザー!」

「よっ、大将!痺れるぅ!!」

「さすがッスね!」

取り巻き達が完成の声を上げる――だが、浩介の顔からは余裕という言葉の片鱗すら見えない。

「ソウルブラザーなんて叫んでないで、さっさと逃げろ!!!」


確かに浩介は術式が使える。その点では彼は狩られる側に位置してはいない。

だが、彼はスペシャリストではない。その事は浩介自身が良くわかっていた。

「俺自身、どれだけ持つかわからないんだよ!!!」

その間にも“大牛”は突撃を繰り返している。

術式壁が破壊されかけているのは、誰の目で見ても自明の事であった。

「逃げるぞ、野郎ども!!

おい、ソウルブラザー!この町の退魔士どもを呼んでくる!!」

「わかった、早く行けッ!!!」

ボブ達が走り出す。

浩介は片手で壁を制御しながら、右腕で術式を構築する。

【連殺式】術式である。


「連殺式術式など、お前の腕では百年早い。

だが、憶えておいて損はないからな。一応やり方だけは教えておく。」

桜花は森の中で浩介に術式の基礎を教えた際に、

【連殺式】についても簡単に教えていた。

だが、未熟な腕で【連殺式】を扱うのは自殺行為に等しい。

何故ならば、2つのイメージを同時に頭の中で構築し、

それを同時に動かさねばならないからだ。

さらには、通常両腕で制御する術式波動を片手で制御しなければならない。

イメージを欠いても、制御に失敗しても術式は暴走する。

暴走した術式――その霊子は霧散するか、逆に術者へと襲い掛かる。

(死んじまうか、自分の反撃を食らうか――なら一つしかねぇよな)

浩介は躊躇わず、左腕を前方へと押し出した。

『誘うは――!!!』

だが、術式構築よりも早く術式の壁が砕け散る。

轟音――

“大角”の巨体が浩介へと叩きつけられる。

その衝撃をかろうじて堪えたものの、当然術式を保てるわけが無い。

苦痛に呻く浩介の前に、大角の巨大な影が迫った――。



夜の街をボブ達は走っていた。

勿論、退魔士へ救助の要請をするためである。

取り巻きの一人が突然歩調を遅くし、ボブへと話しかけた。

「なぁ、ボブ。俺達は浩介さんを置いてきて・・・。」

「言うな。」

「だがよ、ボブ!!!」

「ソウルブラザーを好きで見捨てたわけじゃねぇ!!!」

ボブが立ち止まり、男を見つめる。

「だが、俺たちにできる事は何だ?

あの場に留まっていたんじゃ、浩介の足手まといにしかならねぇ!!!」

ボブ自身が、彼を置いてきた事について一番苦しんでいる。

それは仲間である男達には良くわかっていた。

だが、彼らは狩られる側であるという事が歯痒かったのだ。

同時に、知り合ったばかりなのに、彼らの為にカルマに立ち向った浩介。

彼に死なれると、それこそ目覚めが悪い。

何も出来ない自分達でも、弾除けにでもなれるのでは――そう考えていたのだ。

だが、ボブはそれを許さなかった。

彼は自分達の力量ぐらいは痛感している。

弾除けになるという行為の中で、命を落とす確率は決してゼロではないのだ。

それ以前に、自分たちという足手まといがいたのでは――。

「俺達はできる事をするしかねぇ・・・・・・!」

「ああ、お取り込みのところ非常に悪いんだが。」

声を荒げようとしたボブを遮ったのは一人の青年であった。

いつのまにか、長い青髪を無造作に輪ゴムで止めた青年と、赤毛の少女が彼らの横にいたのである。

「急いでるものでな、簡潔に質問に答えてくれねぇ?」

「おい、俺達も急いでるんだが・・・・・・。」

「ホテル・グランドエイトって知ってるか?」

青年はボブの発言を、全く無視し一方的に問いかけた。

ホテル・グランドエイト――それは先ほどカルマに襲われた場所の近くにあるホテルであった。

「このまま道なりに進めば見付かるぜ。

でも、いかないほうがいい。」

「カルマがいるんですよね。」

青年の後ろにいた少女がボブへと話しかけた。

「何で、それを知って・・・・・・まさか!!」

青年が驚きを隠せないボブに頷く。

「ご察しのとおり。退魔遂行者だ。

まぁ、本当の目的は別であってな。」

「本当の目的?」

「ナンパ――ゲフェァァァァ!」


ゴガス――


少女が持っていた鈍器で青年を黙らせる。

「そういう事ですので、案内してもらえますか?」

その顔は終始笑顔であった。

「おう!行くぞ、お前ら!!!」

「奈央・・・・・・俺、ギャグキャラじゃん・・・・・・。」

文句を言いながらも青年を身を起こす。

「つぅか、お前!最近、ツッコミがエスカレートしてるぞ!」

「バカッ!今はそれどころじゃないでしょ!!!」

どうやら、あのような行為も二人の間では日常茶飯事らしい。

ボブは低く笑うと、二人の退魔士を連れ、走り出そうとした。

「んーと、そこのハゲ。奈央の案内を頼むぞ。」

ダン――

青年が大きく大地を蹴ると、その姿は次の瞬間ホテルの屋根の上にいた。

「あー、血の臭いがするぜ。犠牲者でてるな、コイツは。

おい、俺は先に行くからな。」

青年が風のように走り出す。

ボブ達のあっけにとられた顔を背中に、青年の姿は徐々に小さくなっていった。

「彼は五感が異常に発達してますからね。

その分、頭のほうが悪いですけど。」

『聞こえてるぞ、ゴルァ!!!』

遥か遠くからの叫び声を黙殺し、驚いたボブ達へと奈央が状況を説明した。

その間にも青年は屋根を風のように走り、既にその姿は見えなくなっている。

「お嬢ちゃん・・・・・・アンタの連れは・・・・・・化物か?」

「化物――かもしれませんね。

でも、化物を狩れるのは化物だけですよ。」

少女――奈央はボブ達に笑いかけると、青年の後を追って走り出した。




#01 Broken Fist 
  To be continued...
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