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神鏡、水銀党、霧式の3人によるマルチ創作サイト

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作:神鏡学斗Angelical Distortion 外伝


〈――干渉反応消失。敵勢力の全滅を確認〉

風の音だけが響く、動くもののなくなった戦場で、耳につけた音声素子が無機質な声で告げる。

〈出力効率低下。重力子制御、回路変更。クロノグラス、アライメント調整……クリア。放熱板展開。収納まで9秒〉

連続した魔法使用の反動で重くなった手を挙げ、ユニットの操作盤を叩く。

〈緊急放熱プロセス、強制中断。出力50%に制限。コンデンサーユニットと動力中枢の接続を解除。全システム、待機状態に移行〉

ユニットに伸ばした右手を、ゆっくりと愛用する武器の上に滑らせる。
血と機械油にまみれ、荒れてしまっていてなお滑らかな肌は、若い女性のものだ。

一見すれば、大昔に使われていた長剣のようなフォルム。その刀身にあたる部分――干渉板を、女の指がゆっくりとなでる。指に合わせて刃の表面に走る翠色の淡い輝き。
もう、すっかり見慣れてしまった輝き。体内の魔力と干渉板を流れる魔力が反応して起こる光だ。

女の指が、刀身の中ほどに深く刻まれたヒビで止まる。
これだけ破損していると、パーツ自体を取り替えないといけないな――兵士としての経験がそう告げつつも、女は同時に、自分がもう一度この武器を手に取ることはあるのだろうか、と自問してみた。

この武器は、剣のように人を斬ることはできない。強い衝撃を受ければ壊れてしまうから、打撃武器にも使えない。
その代わり、この武器は魔法を操る力を所有者に与える。かつて、ごくわずかな人々しか使えなかった強大な魔法を、無限に。
クロノグラスという永久動力機関とマナ結晶の加工術による幅広い魔法開発。それらが組み合わさった、機械と魔法の融合による魔法技術の究極形。中世の剣などではない。発達し、一つの頂点へとたどり着いた魔法文明が生み出した現代最強の兵器だ。

――女が持つ武器を、「デヴァイサー」と言う。






「……いいですか? ここでは、すべて、私の指示に従ってもらいます」
ヒステリックな声で告げるその年配の女を、彼女はしわがれたブルドッグのようだと思った。あの口の周りの垂れ下がった頬とか、目の周りのしわとか、本当にそっくり……

「聞いていますか!? レイラさん?」
「はい」

極力無表情を装って返事する。あらためて、「指示に従え」などといわれなくても、上官に従うという行動は体に染み付いている。その上官が、軍曹やら将軍やらから孤児院の院長に変わっただけだ。
院長はふんっと鼻から息を噴出すと、机の上から一枚の書類を取り上げた。

「これが給与明細。一日2アルゲン500アエス(物価が違うため正確ではないが、約2500円程度)。食事は3度。朝7時と昼12時と6時。子供たちの食事と一緒です。私と貴女の分を含め、14人分作ることになりますから、そのつもりで。寝泊りには、一階の廊下の教会側の部屋を使いなさい。トイレと台所も同じ階にあります」
そこまで一息に告げてから、院長はあらためて彼女――レイラの顔を覗き込んだ。

「あなた、料理は?」
「一応、できます」
「洗濯や掃除は?」
「……それなりには」
「できてもらわねば困ります。もちろん、全てやってもらいますから」

だったら聞くなよ。と、内心で毒づくが表には出さない。
ひとしきり続く院長の言葉をざぶざぶと聞き流し、レイラはようやくあてがわれた自室へと――これから住み込みで働く自分に用意された部屋へと入った。
さほど広くない木の床がむき出しになった部屋は、清潔そうな印象とそれ以上に殺風景な印象を持ってレイラを迎え入れてくれた。
部屋の中には、簡素なベッドが一つ。それに、小さな戸棚が一つあるだけだ。

(ま、これでも歓迎されてるほうなのよね、きっと……)

やたらと使い古された感じの戸棚をいじり、戸が半分取れかかっていることを発見しながら、レイラは嘆息する。
こんなご時勢……大陸中が魔力と言う限りある資源を奪いあい、戦争をしているこのご時勢に、バルディア連合王国などという今にも滅亡しそうな辺境の小国の、さらにその辺境に位置する孤児院に働きに来る若い娘などそうそういないだろう。

しかも、今まさに大陸中を相手に暴れ狂っているカルセドニア帝国――こちらは自他共に認める大国だ――との国境に近いのだ。いくらこの孤児院が教会に併設されていると言っても、祭られている救世者様のご威光が戦火から護ってくれるとは限らない。

もちろん、そんな事百も承知だ。
それでも、彼女はここに来た。戦場と言う、狂気と恐怖、むきだしの欲望、そして死によって支配された、あの血まみれの大地に飽いて。

薄いぼろぼろのカーテンを開けて窓を押し開ければ、目の前に広がるのは豊かな森林。もう何百年も前から存在する原生林、バルディア樹海だ。
目にまぶしい、若々しい翠の色彩。まばゆいばかりの太陽。
耳に響く小鳥の鳴き声。青々とした若草の香り。
胸のペンダント――安っぽい翠色の石がはまったペンダント――を指でもてあそびながら、レイラは思いっきり、外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

ここには、あの戦争は存在しない。






翌日から、レイラはまさに多忙を極めた。
朝、外も暗いうちから起き出し、12人もいる子供たちの食事を作る。それも、一人でだ。院長は外の見回りに行っているため、作るのから配膳まで自分でやらねばならない。おまけに、子供たちは新しく入ってきた自分と言う人間にひどく好奇心を示した。

「お姉ちゃん、なんて名前なの!?」
「ねぇねぇ、どこから来たの?」
「年、いくつ?」
「ねぇねぇねぇねぇ!」
「教えてよー!」

あれやこれや。朝食が終わる頃に、すでにヘトヘトになっている有様だ。
それでも、彼女には多くの仕事が待っている。広い院内の掃除。子供たちの服の洗濯。庭に造られた小さな野菜畑の手入れに、鶏の世話。そして、その最中、あるいはその合間の子供たちの相手。

「えっと、あの金髪のがサムで、こっちのそばかすのあるのがリリィ……」

子供たちの顔と名前を一致させつつ、話し相手になってあげる。子供達にとっては初めての人間である自分にもっと人見知りするかとも思ったが、なかなかどうして子供と言うのは物怖じしないものだし、子供だけにまっすぐにぶつかってくる。
はじめのうちこそ、若干の緊張もあり控えめに距離を置いていたレイラだったが、一日目が終わる前に、早くも子供たちの輪に入って屈託無く相手をしたり、怒る時は怒鳴ったりするようになっていた(ちなみに、それが彼女の地でもある)。


長いようで短い一日が終わり、倒れこむようにベッドに転がる。
全身がくたくただった。何日も敵の勢力圏をデヴァイサー片手にさまよった経験がある自分も、子供たち相手にはエネルギーを使うものだ。

胸のペンダントをはずし、小物置きにと決めた戸棚の上に放り出す。代わりになんとなく手鏡を取りあげると、自分の顔をのぞきこんだ。
ショートにした栗色の髪。整った目鼻立ちに、少し大きめの青い瞳。自分で言うのもなんだが、どことなく貴族然としていて悪くないほうだと思う。実際、戦場ではこの顔目当てに結構男が寄ってきたものだが、今目の前の鏡に映る顔はどこと無く疲れていて、異性を引き寄せる魅力などちっとも感じられなかった。

だがしかし、その顔のすみに、安堵のような喜びのような、そんな表情が我知らず宿っていることにレイラは気がついた。
子供たちが寝静まり、静かになった孤児院。そこに、平和と安息があることを、レイラは改めて感じていた。






〈攻撃感知、7時方向。危険〉

音声素子がするどく警告を発し、レイラは振り向くと同時に左手のデヴァイサーを逆袈裟に振り上げる。
〈マインドシールド・展開〉
振り上げた切っ先を中心に深紅の光が空間を走る。展開された迎撃結界がぎりぎりのところで敵から放たれた火球を弾く。
〈迎撃成功。損傷率2%・軽微。戦闘続行可能〉
なにが軽微なものか。防ぎきれなかった熱波が肌を焼き、鋭い痛みが走る。焦げた髪の匂いが鼻をつく。所詮、単純な――実戦を知らない技術者たちが設定したあきれるほど単純な――計算式に基づいてはじき出された値だ。参考にならないことおびただしい。

(こんなに強いなんて聞いてないわよ)

明らかに、こちらより強力な魔法を装備している。この感じなら、クロノグラスの出力もあちらのほうが上だろう。
(このままだとジリ貧だわ……)
立ち止まって攻撃目標とならないよう小走りに駆けつつ、鎧を着けていない右手で操作盤を叩く。機敏で無駄の無い動作。長い戦いの中、生き延びるために叩き込まれた動きだ。
〈迎撃魔法・設定変更。警告。戦闘機動中の設定変更は――〉
警告を無視。
〈マインドシールド・封印率30%に再設定――攻撃感知〉

迫りくる火球。さっきの奴、まだこっちを狙っているらしい。
振り上げたデヴァイサーの切っ先をまっすぐ火球に突きこむ。

〈迎撃成功〉

封印率を下げられ、より本来の性能を引き出された『マインドシールド』が今度は完全に敵の攻撃を防ぎきる。
重くなった反動に歯を食いしばって耐え、横目でコンデンサーの残魔力を確認しながら前に出る。
眼前には、槍型のデヴァイサーを構えた兵士。あれは、確かグルーヴ・インダストリー社製の重デヴァイサー、『ファランクスW』だ。大出力のクロノグラスと一体型になったモデル。汎用性は低いが、その分性能は高い。
(ったく、カルセドニアの兵士って金持ちよね!!)
走りこみながら操作盤を叩き、攻撃魔法を変更。大出力のデヴァイサーを持っている相手に中途半端な攻撃で持久戦を挑んでも押し切られて負けるのがオチだ。

長期戦で勝てないなら、短期決戦で。
大威力の攻撃魔法を相手の迎撃魔法の上から叩き込むか、なんとか迎撃魔法をかいくぐって直接魔法を叩き込むかだ。

敵がデヴァイサーをこちらに向ける。中枢ユニットからデヴァイサーの表面に、そして干渉板――槍で言えば穂先に当たる――を通して周囲の空間に魔力の光が走る。複雑な紋様と共に形成されていくのは、幾本も浮いた漆黒の槍。闇属性の『シャドウスピア』だ。
DC(ディフェンスコンデンサー)には、まだ『マインドシールド』を起動できるだけの魔力が溜まっていない。やろうとすれば、EC(エマージェンシーコンデンサー)に蓄えられている魔力を消費して起動できるが、それでは攻撃に回す分が無くなってしまう。使おうとしている攻撃魔法を起動させるには、AC(アタックコンデンサー)に蓄えられている魔力だけでは足りなかった。
(ええい、よけりゃいいのよ!)
広範囲攻撃が主体の火属性魔法をよけるのは至難の業だが、効果範囲の狭いシャドウスピアならよけてよけられないことは無い。

敵が気合と共に槍をつきこみ、周囲の黒い槍が一斉に襲い掛かってくる。
〈攻撃感知。危険〉
構わず、走る。
〈回避不能〉
(……今!)
デヴァイサーを体の前に振り、倒れこむように重心を前に移す。重量のあるデヴァイサーに引かれ、勢いよく体が回る。
大部分の槍が体の上を通過し、幾本かが頬を掠め、髪を切り飛ばす。
回っていく体の前面に飛び込んできた槍の幾本かを左腕の鎧で受け流すが、かわしきれなかった一本がわき腹に突き刺さり、燃えるような熱さを放った。
槍の弾幕を交わし、前転の要領で地面を転がって受身を取る。デヴァイサーを構えて流れるように起き上がれば、すでに攻撃の態勢だ。
〈エマージェンシーコンデンサーを接続〉
手元から響く、鋭い接続音。
必要な魔力がコンデンサーユニットから供給され、設定した攻撃魔法が起動する。中枢ユニットから噴き出す魔力の光が干渉板を通して周囲の空間を書き換えていく。
相手のあわてた表情が視界に映り、デヴァイサーを立て、構えるのが見える。迎撃魔法を使うつもりだろうが、遅い!

〈ギルティソーン・展開〉

封印率0%。
本来の力全てを引き出された強大な閃光が、無防備な相手の体を貫いた。






闇の中で、レイラは目を覚ました。
汗でぐっしょりとぬれたタオルケットを跳ね除け、起き上がる。
そこは、殺風景な部屋。自分の部屋だ。

「…………」

わき腹にふれると、ずいぶん昔に受けた傷跡がかすかに引き攣れたように痛んだ。
「……ふぅ」
額にまでにじんだ汗をぬぐうと、彼女は再びベッドへと横たわった。






孤児院に来て、はや一週間。
レイラはずっとあることが気になっていた。

はじめ、院長から聞かされていた子供たちの数は12人だった。しかし、レイラが相手にしている子供たちは、どう見ても11人しかいないのだ。
そのことを聞くと、
「……慣れるまでは、他の子の相手をしてくださっていれば結構です」
と取り付く島も無い答えが返ってきた。
「でも、その子、一人でどうしてるんですか?」
「そのうち教えます」
「別に、今でも構いません」
食い下がるレイラをじろりとにらみ、院長は
「私の指示に従うよう言ったはずです。それに、あなたは頑張っているようだから、すぐに教えてあげられるでしょう」
とだけ告げた。

むっとするレイラに構わず逃げるように立ち去る院長を見やり、レイラはため息。
こんな孤児院に、隠そうとする何かがあると言うのだろうか?
院長に聞いてはみたものの、実際には聞くまでも無く12人目の子供の居場所は分かっている。
掃除のために、レイラは必然的に院内全てを回らなくてはいけないわけだが、一階にある院長の私室とその隣の部屋だけは、掃除をしなくて構わないと告げられているのだ。
(ようするに、そこに近づくなって事で……)
院長の私室にいるとも思えないから、その隣の部屋に12人目の子供がいるのは間違いない。
そもそも、院長が食事を持ってその部屋に入っていくのだって見たことがあるのだ。これで何も無いはずがない。

院長の実の子供とか? それとも、なにか重い病気にかかっている子とか?
ぶっちゃけ、子供じゃなくてどっかの兵士をかくまっているとか。あ、これはありそう。

(院長の愛人だったりして)

あの院長が、男と仲むつまじくしている場面を想像して、おもわず――失礼だとは思ったが――くすりと笑いがこぼれた。

箒を手にし、庭の掃除のために外へ出る。

(なれそめは何だろう? やっぱり、怪我をして倒れていた兵士を院長が介抱して……みたいな?)

そういえば、自分も怪我をした兵士を助けたことがあったっけ。
あれは、傭兵家業もようやく板についてきた頃、今はもう存在しない小国の部隊で戦っていた頃だ。カルセドニアの侵攻を食い止めるために、城塞都市にこもっていた時。何度か大きな決戦があって、小国側もよくがんばっていたけれど、結局上層部の戦略ミスで本隊が壊滅。散り散りになって首都へ逃げ延びる時に、一人の男を助けたのだ。

当時、まだ成人していなかった自分と同じ年頃だという事もあって、見捨てられなかった。大怪我を負った彼を支えて、手近な村に潜伏して……

思えば、あれは自分の初恋だったのかもしれない。ずいぶんと、かいがいしく手当てしてあげたものだ。向こうも、自分に好意を持ってくれていた……と思う。

それを確かめることは、結局できなかった。

再度カルセドニアの攻撃があった時に、彼とは別れた。逃げようと主張する自分に、彼は「祖国を護りたい」と言って出て行ってしまった。もし帰ってこられたら、聞いて欲しいことがある、とも告げて。

しばらくした後、廃墟になった首都で彼の死を知った。


「お姉ちゃん?」

はっと意識が戻る。
箒を持って庭に突っ立っている自分と、その周りで不思議そうに自分を見る子供たち――サムにエミリにマーク。
「なんか、ぼーっとしてたけど、大丈夫?」
「元気無いのー?」
「う、ううん、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ」

あわてて微笑みかける。

「へぇ、レイラ姉ちゃんも考え事するんだ」
「……ちょっと、サム? それどういう意味かなー?」
「べっつに〜」
半目でにらむと、わざとらしくそっぽを向いて口笛を吹き始める。悪ガキ代表だけあって、なんとなくさまになっているのが面白い。
さて、なんと言って叱ってやろうか。

「あ、そうだ」

叱り文句の替わりに、いい案が出てきた。
「ねぇ、3人とも。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なぁに? お姉ちゃん」
しゃがんで、目線を合わせてやる
「みんなの中で、一人だけ会ったことない子がいるのよ。どんな子か知らないかな?」
「あ、リーナのことだろ」
とサム。
「へぇ、リーナちゃんって言うんだ」
リーナという名前からして、女の子。院長の愛人説、却下。ちょっと残念。
「会ったことある?」
レイラの問いに、顔を見合わせる3人。

「あるけど……」
「一緒に遊んだりしないの?」

まるで叱られているように、うなだれる3人。

「あ、えっと……」
子供たちなりに、話しにくいことがあるのだろうか?
「お、怒ってるわけじゃないんだよ? ただ、どんな子なのか聞いてみたいの」
笑いかけてあげると、やがてサムが意を決したように顔を上げた。

「なんか……ヤな奴なんだよ」
「ヤな奴?」
「話しかけても無視するし、ずっと本読んでばっかだし……」
「そうなの?」
エミリとマークも首肯する。
「気持ち悪いんだよ。誰もいないのに、誰かと話してるみたいにぶつぶつ言ったりしてるし……」
「マギーに言っても、全然聞いてくれなくて……」
マギーって言うのは、院長の名前だ。マーガレット、縮めてマギー。

「ふ〜む……」

なんだか難しい子らしい。
「そっか、ありがとう」
サムの頭をなでてやると、身をよじって逃げた。
「い、行こうぜ! 二人とも!」
「あ、サム!」
「待ってなの〜」

か、かわいくないガキ……思わず笑顔が引きつるレイラ。

「ねぇ、サム? 顔赤いよ?」
「ほんとだ、どうしたの〜?」
「う、うるさいなっ!」

……訂正。

「なんだ、意外とかわいいとこあるんじゃない」
クスリと笑みを漏らし、レイラは庭掃除を再開した。






その日、レイラは夕食の後院長に呼ばれた。
(後片付け、しないといけないんだけどなぁ……)
食事が終わった、怒涛の皿洗いの前のひと時の安らぎの時間。満腹感も手伝って、ほっと一息ついていたレイラに、院長がついてくるように命じたのだ。
心の中でため息をつくレイラは、やがて院長が自分を連れて行く先が、あの12人目の子供がいると思しき部屋であることに気がついた。

「いいですか? レイラさん。あなたは仕事をがんばっているし、子供たちにも好かれている。だから、ここに連れてきたのだと言うことをよく覚えておきなさい。くれぐれも――」
院長が、いつになく険しい目でレイラを見る。
「私の信頼を裏切るようなまねはしないように」
「はい……」

この先に、いったい何があると言うのか。
院長はそれ以上何も言わず、扉をノックした。
「入りますよ、リーナ」
開かれる扉。おもわず、レイラはごくりとつばを飲み込んだ。

雰囲気は、他の子供たちが使っている子供部屋と似ている。ただ、他の子たちが5,6人で一部屋使っているせいか、ひどくがらんとした印象を受ける。
その部屋のすみ。閉められたカーテンのそばにベッドがあり、一人の子供が座って本を読んでいた。

そこにいたのは、人形のような少女だった。

美しい栗色の髪。華奢な手足。幼いながらも整った顔立ちは人形のように精緻な美しさに飾られていた。
否、美しすぎた。
「具合はどう? リーナ?」
問いかける院長の声に、全く反応しない少女。
レイラはようやく、少女の美しさが人間らしい表情がすっぽりと抜け落ちてしまっている事によるものだと気がついた。
赤い瞳は輝きを持たず、虚ろなまま手元の本に視線を落としている。少女の手が、まるで機械仕掛けのように動き、ページを繰る。

人形のような少女、ではない。
人形となった少女がそこにいた。

「ずっとこの調子です……」
院長が、疲れたように声を出し、リーナのそばへと歩み寄る。
つられて、リーナの座るベッドの傍らへと足を踏み出すレイラ。

少女は無心に本に目を落としている。
近くまで寄ると、本の内容が目に入り――レイラはぞっと鳥肌が立つのを感じた。

少女がめくる本には、何も書かれていなかった。
何も無い、白紙のページが連なる本を、少女は熱心に読んでいた。そこに少女にしか見えない何かがあるとしか思えなかった。

「この子……いったい……」

院長と共に部屋に入ってきた自分にも、まったく注意を払わない。努めて無視していると言うより、本当にレイラがいることに気づいていないと言うほうが正しいのかもしれない。

「……ここに来た頃から、すでにこのような状態でした」
苦しそうに、語りだす院長。ページをめくる紙の音だけが、室内に響く。
「何があったか、詳しくは知りません。私は、ある人買いの商人からこの子を引き取りました」
「人買い……」
金に困った両親に売られたのだろうか?
そんなレイラの問いに、院長は静かに首を振る。
「この子の両親は死んでいるでしょう……いいえ、間違いなく死んでいます。この子は、戦災孤児となって人買いにさらわれた」
レイラは、少女に――リーナに視線を落とした。この子が受けたことに、想像が至ったからだ。
うつむくレイラに、院長は頷いた。
「えぇ……人買いの元にいる時に、つらい目にあったのでしょう……」

レイラだって、伊達に戦場にいたわけではない。汚い話はいくらでも聞いたし、実際に見てきた。
捕虜となった敵兵に対する扱いは熾烈を極めていたし、占領した村々で略奪や暴行に及ぶ者などいくらでもいた。
それだけでなく、自らが殺した死体をもてあそんで楽しむ輩も、眼前の少女のような幼い子供に手を出して暗い欲望を満たす輩も実際に見たことがある。

それだけに、目の前の少女がどのようにして壊されていったのか、レイラには痛いほど分かった。

「そう……すごくつらかったんだね……」
少女の体をそっと抱きしめる。少女は何の抵抗も無く、その体をレイラにゆだねてきた。抱きしめられている事すら分からないのか、じっと本に目を落としたままで。

胸が締め付けられた。
あふれた感情が、行き場を失って涙になって零れ落ちた。
かわいそうに、この少女は己が体験した地獄から逃れるために、こうして自分の殻に閉じこもらざるを得なかったのだ。
自分も加担していた、あの戦争のせいで。

はらはらと涙を落とすレイラを、院長はじっと見つめている。
「レイラさん」
目を上げると、微笑んだ院長と目が合った。
「あなたのような人が来てくれて、良かった」
はじめて、この人の笑顔を見た。この人の、心の底からの笑顔を。

その日から、リーナの相手をすることが、レイラの仕事に加わった。






枕もとにおいた時計が、ベルを鳴らす。

「ふわ……ぁ…………」

いつもどおりの朝。
暖かい布団にくるまっていたい衝動を布団と一緒に跳ね除け、ひやりとした床に足を下ろす。寝ぼけ眼で窓に寄り、窓を開けて日の出前の清冽な空気を胸いっぱい吸い込む。
戦場とは違う安らかな環境のせいか、めっきり朝が弱くなった。
寝巻きとして使っている薄いキャミソールを脱ぎ捨て、戸棚から普段着を出して着込む。深い藍色のワンピース。次いで戸棚から、ごてごてと止め具のついた革のベルト――デヴァイサーのパーツがつけられるようになっている――を取り出し、腰に締める。肩掛けを取り出して羽織り、最後に左腕につける鎧を探したところで苦笑した。
自分の仕事に、鎧など必要ない。分かってはいるのだが、染み付いた習慣はなかなか抜けなかった。

服装を整えて、洗顔、歯磨き。そのまま庭へ出ると、鶏たちが飼われている小屋へと足を向ける。陽気な雄鶏の声に迎えられながら、産みたての卵を集めてかごに放り込んでいく。
台所に戻って朝食の用意。近くの町から魔力が送られてきているおかげで、便利なのが救いだ。これで、かまどで火をおこす生活だったら相当きついな、といつもながらレイラは思う。
鶏たちの卵をありがたく調理し、パンと共に朝食のテーブルに並べていく。朝からめっぽう元気なエミリと、ぶつぶつ文句を言っているサムが手伝って、てきぱきと準備。
子供たちが起きてくる頃に、院長も外の見回りから戻ってくる。
みんなで食卓を囲んで、「いただきます」の挨拶。

いつもどおりの朝の風景だった。

「リーナ、入るよ〜」
慣れてきた毎日に、少しだけ付け加わった日課。
食事をのせたお盆を手に、リーナの部屋の扉をノックするレイラ。
部屋に入ると、リーナはクレヨン片手にせっせと何か描いていた。
「あれ、朝から何描いてるの?」
聞いても、返事は返らない。
レイラはベッド脇の机に食事を置くと、ちょいとリーナの手元を覗いてみた。
(へぇ……)
風景画と呼ぶべきか。子供の落書きの域を出ないが、それでもそれなり上手にどこかの村の風景が描かれている。
(この子が、昔住んでた町かな……)
そう思うと、胸が痛んだ。
リーナの手元にそっとフォークを置いてやると、レイラは静かにリーナの部屋を出た。食事を置いておくと、いつの間にか自分でちゃんと食べてくれるのが、せめてもの救いだった。






「う〜ん……」

山のような洗濯物。子供たちの服、下着、汚れたシーツ、ベッドカバー。自分の服、院長の服、何故か教会のタペストリー。
(つか、タペストリーなんて洗濯して大丈夫なわけ?)
良く知らないが、洗濯籠に入っていたからには、洗っても平気なのだろう。たぶん。

それよりも。

「う〜ん……」

リーナの部屋を訪れて、数日。レイラはずっと考えていた。
ずっと、何かがレイラの胸に引っかかっていた。

リーナ。可哀想なあの少女のつらい境遇はわかる。
どうしても、特別な扱いが必要なことも。普通の子と同じように接することはできないことも。
院長が、あの少女のことを痛ましく思っていて、だからこの孤児院に多少無理があっても置いている。それも、分からないわけではない。
だが、一つだけどうしても分からない。

なぜ、リーナのことを隠す必要があるのだろうか?

不自然なまでの、院長の態度。もし、隠す必要など無いなら、初日からレイラに伝えてしまえばいいのだ。『こういう子がいるから、気にかけろ』と。
なぜ、レイラのことを信用に足ると判断するまでリーナのことを伏せていたのか。なぜ、念を押した上でリーナに引き合わせたのか。
「考えすぎかな〜」
手だけはてきぱきと洗濯物を干しつつ、一人ごちる。
あの少女に、何か重大なヒミツでもあるのだろうか?

「う〜ん……」

山ほどあった洗濯物を全て干し終える。
庭いっぱいに紐が張られ、そこに大量の洗濯物がかけられている景色は、なんとなく壮観だ。
レイラは自分の仕事の出来栄えに満足の笑みを浮かべ、孤児院の建物に戻った。

(つまるところ、考えても分からないのよね)

結局、何度考えてもそんな答えに戻ってくる自分にちょっと苦笑しつつ、レイラはリーナの部屋へと向かう。
この時間なら、もう食べ終わっている頃だ。リーナの食器を片付けに行かなければいけない。

リーナの部屋にノックして入ると、彼女はまだ絵を描いていた。
邪魔しないように(と言っても、リーナははじめから気にしていないのだろうが)、ベッドのそば、食器が置かれた机へと歩み寄る。
分からないことと言えばもう一つ。リーナは、毎回きっちり半分食事を残すのだ。
パンも半分。おかずも半分。サラダも、豆のスープも、この前奮発して作ったハンバーグ(みんなに大好評だった)も、何故かきっちり半分残す。
首をひねり、もったいないと思い院長に聞いてはみたが、院長も理由は良く分からないそうだ。
「ちゃんと食べないと、元気でないよ?」
そう声もかけてみたが、リーナが食事に半分以上手をつけることは無かった。

いつもどおり、半分残された食器を持ち上げると、何気なくリーナの絵が目に入ってきた。
徐々に細部が書き込まれていく村の風景。ちらりと、レイラの胸に何かが引っかかった。
手を止め、改めて絵を見る。
普通の村……いや、絵の中央に大きく時計台が描かれている。どこかで見覚えのある……
いや、それ以上に、レイラは時計台の根元に目を吸い寄せられた。

そこに、一人の少女が立っていた。栗色の長い髪をひるがえし、楽しそうに笑う、明るい服の少女。心なしか、リーナに似ている気がする。

「そこに描かれてる子、リーナなの?」
言ってから、気づく。聞いても、返事など返ってこないのだ。
かすかに痛む胸を押さえて、レイラは立ち上がり、扉に向けて歩き出した。

「友達」

レイラの足が止まった。

「え?」
「友達。遊びに来るの」
あどけない、けれどきれいな声。
「リーナ?」
ふりむき、問うた声にいらえは無い。リーナは、相変わらず人形のままだ。
(空耳?)
いいや、確かに聞こえた。空耳などではない。
「……友達……が、遊びにくるんだ? ここに?」

レイラの眼前で確かにリーナはうなずいた。
「うん」

レイラは、目を見開いた。あわてて、リーナの元に駆け寄る。
リーナが、初めて顔を上げ、レイラの事を見た。

「友達……遊びに来るの。いつも」
人形のような表情は変わらないけれど、確かにリーナはレイラに話しかけていた。
「そ、そうなんだ……」
言葉に詰まるレイラ。だが、リーナが話してくれたのだ。会話を続けなくては……
「えっと……友達って、この子だよね?」
絵の中の少女を指差す。こっくりとうなずくリーナ。
「この部屋に遊びに来るの?」
また、こっくりとうなずくリーナ。

『気持ち悪いんだよ。誰もいないのに、誰かと話してるみたいにぶつぶつ言ったりしてるし……』
サムの言っていた言葉が、耳の奥でこだました。

こんな少女が遊びに来るはず無い。子供たちはこの部屋に来ようとしないし、そもそも栗色の長い髪の少女など、リーナ以外この孤児院にいないのだから。

白紙の本を熱心に見つめていたリーナの姿を思い出す。
その少女も、白紙の本に書かれたものなのだろうか? 殻に閉じこもったリーナが、自分だけ見ているものなのだろうか?

「……は、はは……」
それはほんの一瞬の、ほとんど直感とも言える思考だった。
一瞬の間にレイラの心にさまざまな思いが去来し……せめぎあい、ぶつかりあい、消えていった。
たくさんの感情の渦の中、最後に残った思いにレイラは素直に従った。

「そうなんだ! 素敵な友達がいるのね」
微笑みかけた。心の底から、眼前の少女に笑いかけた。

受け入れようと思った。
この子の見る夢を肯定してあげようと思った。
どんなにおかしくても構わない。この子の全てを受け入れてあげたい。
そう思った。

「……うん」
ぎこちなく頷くリーナを、レイラはやさしく抱きしめた。






「ふんふんふふ〜ん」
鼻歌交じりにシチューのなべをかき回す。
「お腹すいたー!」
「レイラ姉ちゃん、ご飯まだー!?」
「もーちょっと待ってなさい! ほら、サム! 手洗ったの!?」

「サムったら手泥だらけー」「うるせー!」と、後ろから聞こえてくるにぎやかな声を聞きながら、食器を出す。
「お皿運んでー!」
「はーい!」
にぎやかに皿やスプーンを運ぶ子供たち。と、
「あ、マギー!」
「お帰りなさい!」
「ねぇねぇ、お土産―!」
「お菓子は!? ねぇお菓子は!?」
「はいはい、ちゃんとありますから、まずは食事の支度をしなさい」
「えー!」という子供たちのブーイングを背に、院長が台所に入ってきた。
「あら、いい匂い」
院長が顔をほころばせる。
「院長、お帰りなさい。良い物ありました?」
院長は、定期的に近くの町で開かれる市まで、朝から出かけていたのだ。
「全然だめだったわ。近いうちに、カルセドニアの攻撃があるらしいってうわさが立って、商人が来ないみたい」
「そうですか……」
食料品や日用雑貨など必要なものを買ってくるのが目的だが、一緒に買ってくる菓子やおもちゃ、本などはこの孤児院では数少ない娯楽の一つだ。

ふと、レイラの仕事ぶりを満足そうに見ていた院長の顔に、怪訝そうな表情がさした。
「あぁ、これ……」
レイラは、院長が見ているトレーに目を落とす。それはリーナのために食事を運ぶトレーで、普段はリーナ一人分の食事が乗っているものだ。
が、今トレーの上には二人分の食事が乗っていた。
「レイラ……あなた、リーナの部屋で食べるの?」
「いえ、これは……リーナの友達の分と言うか……」
ますます怪訝そうな顔をする院長。
「つまり、リーナが半分しかご飯食べない理由で……」
と、先ほどのリーナとのやり取りと自分の考え、すなわち、リーナが食事を半分残すのは、その半分がリーナの友達の分なのではないかという考えを、院長に話す。

「なるほど……しかしですね」
「わかってます!」
教会からの寄付があったり、国からの補助金が出ていたりするとはいえ、この孤児院が余り裕福でないのは知っている。余分な食事を作る余裕など無いことも。
「その……増える分は、お給料から引いてもらってもいいですから……」
レイラをじっとみつめる院長と、内心だらだら冷や汗を流しながら必死で笑顔を浮かべるレイラ。

やがて、あきらめたように院長はため息をついた。
「ま、いいでしょう。あなたの好きになさい」
「あ、ありがとうございます!」
思わず顔がほころぶのが分かる。深々と頭を下げるレイラの頭上から、院長の声が響く。
「それより……シチュー、煮立っていますよ」
「え? ……うわっ!」
ぼこぼことあわ立っているシチューの火をあわてて止める。
おそるおそる振り返ると、院長とレイラの声を聞いたのか集まってきた子供たちの11対の目。
振り向き、なべの中を見やる。なんだかちょっぴり、いやかなり、かさが減っているような気がする。
「……ごめん、もうちょっと待っててくれる?」

子供たちのブーイングが炸裂した。






それからの一ヶ月、レイラは人生で最も楽しい時間をすごした。
子供たちと過ごし、食事を作り、掃除をし、洗濯をする。一緒に泥だらけになって遊ぶこともあれば、寝るまで本を読んでやったりもした。
リーナも、次第に心を開いてくれてきたようだ。レイラが部屋に来れば反応するようになったし、たどたどしくも会話をするようになった。

本当に本当に楽しい時間。もしかしたら、それはレイラが生まれて初めて母の喜びを知った時間だったのかもしれない。

そしてその日。
今にも雨が降り出しそうな、重い雲に覆われた日。
レイラはかすかな胸騒ぎを覚えながらも、いつもどおりリーナの部屋へと食事を片付けに行っていた。

「リーナ、入るよ」
戸をノックし、足を踏み入れる。
いつもどおりベッドに座って絵を描いていたリーナが、顔を上げてかすかに笑みらしい表情を浮かべた。
こうして、感情を見せてくれるようにもなってきたな……と、レイラは嬉しく思う。
机に寄ると、リーナはちゃんと食事を終えていた。
空になった一人分の皿と、全く手をつけていないもう一人分の皿。レイラの思ったとおり、二人分の食事を用意していくと、リーナはきちんと自分の分を食べてくれた。
「おいしかった?」
「うん」
「そっか。友達も喜んでくれた?」
「うん」
てきぱきと皿を片付け、トレーに乗せる。
「あのね……」
「ん?」
珍しく、リーナが話しかけてくる。手には、なにやら絵が描かれたノート。
「今日ね、友達と一緒に、山に登ってきたの」
「山に? そっか、何か楽しいこと、あった?」
「あのね、約束したの」
「約束?」
「うん……」
リーナは、ちょっと恥ずかしそうに息を切る。
しばらくもじもじとレイラを見やっていたが、やがて意を決したように口を開いた。

「あのね、いつか二人で、一緒に『塔』に行くの」

それは、図らずも少女の過酷な運命を暗示した『約束』だったのかもしれない。
だが、それはまた数年後――別の物語である。

「塔……って、ティル・ナ・アーク?」
こくん、とリーナが頷く。

リーナが持つノートには、山の稜線と青い空、そして真ん中に巨大な建造物――塔が描かれていた。

ティル・ナ・アーク。
大陸中央、神の湖リディナス湖の中ほどに建設された巨大な塔だ。
600年前、時のカルセドニア帝国皇帝、救世者リディア=ローランによって計画され、200年の歳月を経て完成に至った、天まで届く巨大な塔。
大陸中どこからでも見ることができるそれは、ファンタズマゴーリア――魔力の根源――を使えるようにする、言うなれば現代魔法文明を支える存在だった。
遥か昔からその塔は、その所有権をめぐり大陸中の国家が争い、時には血で血を洗う大戦の引き金となったこともある。現在は血みどろの戦闘を避けるために、そして一国による独占を防ぐために、各国間で協定が作られ、塔と湖の周辺には誰も近づけないようになっている。

「ティル・ナ・アークに行きたいの?」
「うん」
「どうして?」
と、レイラは、思わず聞き返していた。
リーナはしばらく考えてから
「それがロマンだから」
と言い切った。

「……ふっ、ふふ」
その様子がなんだかおかしくて、レイラはリーナの頭をぐりぐりとなでた。
「そっか、そっか。ロマンなのね、ふふふ」
「……友達がそう言ってたの」
と、ちょっと恥ずかしそうにリーナ。
そんな彼女に、レイラは優しく微笑む。
「いつか……必ず行けるといいね」
「……うん」
嬉しそうに目を細めるリーナ。
と、その手からノートが滑り落ち、床に当たって広がった。

「あ」
「あらら、ちょっと待ってね」
腰をかがめて、ノートに手を伸ばす。ノートの開いたページ……そこに描かれているものを見て、レイラの手が止まった。

以前、彼女が描いていた村と時計台の絵。
一瞬の記憶の瞬き。
以前感じた時計台に対する既視感の正体に思い当たった瞬間、レイラは院長の不可解な行動、リーナを隠そうとする行動の理由を悟った。

「お姉ちゃん?」

リーナの声に、我に返る。
「あ、あぁ、ごめんね。はい」
ノートを渡してやる。リーナはノートを受け取ると、クレヨンを取り出して白紙のページを開いた。

それを見届け、レイラは食器を持ってリーナの部屋を出る。
意識せず、足が早くなった。

早く院長に会って、確かめなければいけない。


(……いない)
食器を台所に置いて、さほど広くない院内を歩き回る。院長の部屋をノックしても反応が無かったし、子供部屋にも庭にもいなかった。
(この時間なら、院内のどこかにいるのに……)
歩き回りながら、気づく。
まだ一箇所、見ていないところがあった。
(お御堂……!)
レイラは足早に廊下を歩く。自分の部屋の隣、廊下の突き当りが直接教会につながっている。教会といってもさほど大きなものではなく、神父さんも週に一度ミサの時に隣町からやってくるだけで、いつもいるわけではない。

廊下の突き当たりの扉に手を伸ばす。開けようと力を入れた瞬間――

「帰ってください!」

中から、院長の大きな声が聞こえ、レイラは動きを止めた。
耳を澄ますと、中で何事か言い争っているような声が聞ける。院長と、あと2,3人だろうか。どうも男のようだが、何を言っているのか詳しくは聞き取れない。
だが、言い争っているようなら、ただ事ではないだろう。

そっと、扉を開けて中をのぞく。
男が3人。祭壇を背に立つ院長と対峙している。険しい表情の院長に対し、男たちの表情はどこか余裕だ。

それもそのはず。
男たちは、3人とも手に武器を――デヴァイサーを持っていた。

(起動してる……?)

男たちの武器から漏れる翠色の光。干渉板や細部まで光が伸びていないのは、戦闘起動せずに待機状態にしているからだ。
だが、いつでも魔法を使うことができる状態であることに違いは無い。普通の剣で言えば、抜き身のまま下げているようなものだ。

「だからね、院長先生。なにも難しいことをお願いしてるわけじゃないんだ」
「そうですよ、ご迷惑はおかけしませんって」
「……お帰りくださいと言ったはずですが」
「……ははっ、気の強い人だ」
真ん中にいる黒服の男がやれやれというように肩をすくめる。
「別に、戦争やれなんて頼んでないんですよ? ちょいと、この建物を貸してくれって、それだけじゃないですか」
「そうそう。もうすぐ、カルセドニアの侵攻が始まる。カルセドニアの傭兵部隊である俺たちを優遇してくれれば、この孤児院の安全は保障しますよ」

その言葉に、レイラは息を呑んだ。

「……デヴァイサーを起動しながら、言うべきことではありませんね」
院長の声は、あくまで冷たい。
「だからね、院長先生――」

「ここは孤児院です」
院長の声が響く。
「ここでは、戦争で親や家族を亡くした子供たちが身を寄せ合って暮らしています。その場所を――」
院長は、男たちを見渡す。

「戦争のために利用させろと?」

凛とした言葉。
「…………」
男たちは何も言わない。

このまま引き下がるかと思ったその時、男たちの手がデヴァイサーの操作盤に伸びた。
とっさの判断で身を翻すと、レイラは自分の部屋に飛び込む。自分の荷物をあさり、一番奥に隠しておいた『武器』を取りだした。


「……院長先生、話が通じなくて残念だよ」
黒服の男が、デヴァイサーを突きつける。
「あんたを殺して、さっさと目当てのガキを連れて行くことにしよう」
「……やはり、そうでしたか」
つぶやく院長めがけ、男がデヴァイサーを振り上げる。干渉板から伸びる光。魔法が展開し、目標を定める。

「死――」
振り上げられる死の刃。院長が、静かに目を閉じる。

次の瞬間、レイラが扉を蹴り開けて教会の中に走りこんだ。
「ね」という言葉と、男の魔法が発動するのと、レイラがそれを防ぐのが、同時だった。

驚愕に固まる男。同じように驚いている院長を後ろにかばい、レイラはゆっくりと体勢を整える。

「……させない」
レイラの言葉が、教会の空気を震わせた。

驚愕から立ち直った男たちが、デヴァイサーを構える。
「何だ、お前は?」
答えず、レイラはデヴァイサーを構える。
本来なら鎧を着けている左手にデヴァイサーを構え、デヴァイサーの操作のために鎧をつけない右手を操作盤の上に添える。
ちょうど両手で剣を構えて、前面に突き出した形。
デヴァイサーを持つ人間のファイティング・ポーズ。
自分のデヴァイサーと魔法の届く範囲に入るなと言う、戦闘の意思表示。

「大丈夫ですか? 院長」
「レイラ……」
院長に怪我が無いことを確認すると、レイラは男たちに視線を戻し、にらみつける。

今にも飛び出しそうな両脇の男二人を、真ん中の男が止める。院長を殺そうとしたこの黒服の男がリーダーなのだろう。
互いにデヴァイサーを構えて対峙する。双方のデヴァイサーが発する干渉波――空間中に存在する魔力の共鳴現象――で教会の空気がびりびりと振動する。

一番先に動いたのは、黒服の男だった。
デヴァイサーを下ろしたのだ。

「…………」
なお構えを解かないレイラに、軽く肩をすくめて見せる。
「やめだ、やめだ。やりあったって仕方ねぇ」
「で、ですが……!」
口を開いた別の男を、黒服は視線で黙らせる。
「あんたのデヴァイサー……スカイ&マーキュリー社の銀嶺(ぎんれい)シリーズ、それも最新鋭機だろ? そんな化け物扱える奴に、喧嘩なんぞ売らんよ」

黒服はデヴァイサーを停止すると、さっさと背を向けて教会の正面扉へ、外へ向けて歩き出す。男二人が、あわててそれに追従した。

「そんなもの持ってるんだ。あんた、普通の人間じゃあるまい?」
扉に手をかけ、振り返って黒服が笑う。
「そうそう、あとこれは忠告だ。さっさと逃げたほうが良いぜ? じき正規軍の連中が来る。連中は、退くって言葉知らない馬鹿どもだからな」
それだけ告げて。
黒服はいともあっさりと教会を出て行った。

たっぷり1分。それだけ待ってからようやく警戒を解き、レイラはデヴァイサーを下ろして院長に向き直る。
「……大事に至らなくて、良かったです」
院長のほうへと向き直り、微笑みかけるレイラ。しかし、自分でも弱弱しい微笑みになっているのがわかった。院長が、ひどく険しい顔をしていたからだ。

「……レイラさん」

パンッ!

院長の手がレイラの頬を打つ。
「助けてもらったのに、こういうことを言うのは傲慢かもしれません……しかし、先ほど彼らに言ったように、ここは孤児院、戦災孤児達を護る場所です」
院長の言葉に、レイラは何も言い返せない。そう、戦う力を持ち、デヴァイサーを振るう自分は、結局あの男たちと同じ側の人間なのだ。

と、うつむいたレイラは急に強く引き寄せられ、何かに顔をうずめていた。
院長に抱きしめられたのだと気づくまで、少しかかった。
「でも、あなたのおかげで助かったのも事実です」
院長の声が、頭上でする。
「お礼を言いますよ、レイラ」
院長の言葉に、変に芯の通っている人だとレイラは苦笑した。

「……院長……マーガレット先生、聞いても良いですか?」
抱かれたまま、レイラは問う。
「なんですか?」
「リーナのことです」
「…………」
院長の手に力がこもるのを感じる。言うべきか迷っているのが気配で分かった。
だから、レイラは先に言った。

「あの子……ルントハイムの出身なんですよね?」

「……気づいていたのですか?」
「えぇ、あの子が描いた絵を見た時に。あの子の描いていた時計台……ルントハイムの時計台です。やっと思い出した……」
レイラは顔を上げる。院長の目をまっすぐに見つめる。
「あたしは、あの作戦に参加していたんです」
院長の目が驚きに見開かれる。
「――って言っても、敵の部隊と戦う前線部隊だったので……虐殺があったのは、後から知りましたけど……」

ルントハイム。それは、呪われた村の名だ。
忘れもしない3年前に起きた事件、通称「ルントハイムの大虐殺」でこの村は地図の上から姿を消した。
たった一人。『救世者』を見つけ出す、ただそれだけのために、3000人いた村人は全て殺された。

救世者と呼ばれる存在がいる。
レイラは院長の肩越しに祭壇のほうを見る。正面に飾られているのは、剣を構え、背に翼を持つ美しい女性の石像。
600年前、500年戦争を終結に導いた革命の英雄リディア=ローラン。
左を見れば、カルセドニア地方の内乱を集結させたリディアの孫、サリア=ローランと、大陸全土を巻き込んだ宗教戦争に決着をつけた天使セシリア。
右を見れば、宗教崩壊後の混乱を収め、現在の宗教体系を作り上げた聖エーゼルと、ほんの100年前にマナ争奪戦争の終息に尽力した真紅の魔女ヴァルハラ=フォン=バルディア。

戦乱の世に現れ、戦争を終結へと導く戦女神。世界を平安に導く天の御使い。
いまや宗教となり、崇め奉られるようになった伝説の女性たち。
戦乱の続くこの時代、世界は彼女を探そうとしている。きっとどこかで生まれているであろう、救世者を見つけ出そうとしている。

だが、誰が救世者なのかわからないことが、世界を混迷へと陥れていた。
救世者には、何か特別なしるしがあるわけではない。
かつてと違い、救世者だけが持つことのできる剣、断罪の神剣『ギルティブレイカー』の行方も分からない今、救世者を見つけ出す術は無い。

否、無いと考えられてきた。

英雄リディアの像を見ながら、レイラは思う。
彼女たちが、今の時代の人間のした事を知ったら、いったいどう思うだろう?

救世者には一つだけ特徴がある。

運命に護られた彼女は、決して死なない。

己の使命を果たすその時まで、『偶然』によって生き延びる。なにがあろうと、死ぬことは無い。

3年前、ルントハイムに救世者がいるかもしれない、という情報がどこからともなく各国に入ったと言う。そして、大陸中の主だった国がルントハイムへと押し寄せた。村人を皆殺しにし、救世者を見つけるために。

何があっても生き延びるなら――
虐殺から生き延びた人間が救世者という事になる。

そう――
リーナのように。


語り終えるレイラに、院長はひどく――ひどく静かに頷いた。
院長は知っていたのだ。リーナがルントハイムの出身であり、救世者かもしれないということを。
「……私は、あの子が戦争に利用されることが赦せなかった」
ぽつりと、院長が言う。
「戦争によって両親を奪われ、つらい目にあって……それでなお、戦争に使われるのでは……あまりにも、あの子が可哀想ではありませんか」
決して強くない院長の言葉。けれど、何よりも強い、その言葉。

レイラは、頷いた。
「逃げましょう、院長。リーナを、子供たちを護るために」







「ほら、早く準備なさい! 大丈夫、必ずみんな平気ですからね。いい? いつも教えている通り、慌てず急いで荷物をまとめるんですよ!」
扉の向こうで、院長が子供たちにかけている声が聞こえる。

さすがに不安そうな子供たちに声をかけ、安心させてやる。
本当なら、自分もまたそれをしなければいけないのだが……

レイラは、扉に向けていた顔を、手元に落とす。
さっきは余裕がなくてつけられなかった音声素子を耳につけ、再度デヴァイサーを起動する。

〈銀嶺六式――全システム起動〉

スカイ&マーキュリー社製高汎用型デヴァイサー、銀嶺六式。同社がその技術力の粋と膨大な量の実戦データから開発した、世界三大傑作機にも数えられる銀嶺シリーズの最新鋭機だ。
メーカーを問わない強力なパーツ互換性。いかなる戦略にも応えうる高い汎用性。そして、通常使われているデヴァイサーとは比べ物にならないほどの高いスペック――攻撃精度、魔術式展開性能、迎撃性能、並列処理能力、魔力の伝達効率に回収性能、各種属性適正――を持つ。
その分取り回しは難しく、熟練者でないとその性能を満足に発揮できない。その上、緩衝機構に負担がかかっているため魔法使用時の反動が大きいのが難だ。
だが、それを扱うだけの腕があれば、どんなデヴァイサーよりも頼りになる、長い間ともに戦ってきた、レイラの戦友。

〈パーツ自己診断――異常なし。クロノグラス、アライメント調整。魔力の抽出を開始〉

つばもとのコアユニットから、翠色の光が漏れ始める。

〈各部への魔力伝達を開始。装甲板、ロック解除。システム、待機状態へ移行〉

左腕に鎧をつけ、デヴァイサーを握る。

〈コンデンサーユニットと動力中枢を接続。魔力の充填を開始〉

レイラは、ゆっくりと立ち上がり、院長たちが待つ教会へ行くため、自室の扉を開けた。

〈銀嶺六式、起動完了――!〉


「院長、準備できましたか?」
教会に入ってきた自分の姿を見て、子供たちは少なからず驚いたようだった。
「…………」
いままでのような、賑やかな驚きではない。子供たちの間を、沈黙が支配していた。
当然か――と、レイラは思う。
この子達は戦災孤児。戦争に自分たちの親や兄弟を殺された子供たち。

自分は今、デヴァイサーを握っている。戦争の象徴であるデヴァイサーを。
自分はもはや、この子達に安心と喜びを与えられる存在ではないのだ。

内心の寂しさを無表情で必死に隠した。

「えぇ、みんな大丈夫。あとは、リーナをつれてくれば……」
「……そうですか」
一歩踏み出そうとすると、子供たちがおびえたように後ろに下がった。院長の背に隠れてしまった子もいる。
「こ、こら、あなたたち……」
「……いいんです、院長」
踏み出すことをあきらめ、レイラは微笑む。悲しそうな微笑みになっていなければ良いと思った。
「あたし、リーナをつれてきます。みんなで裏口から森へ逃げて、そのまま近くの街に逃げ込めば……」
街には、自警団がいる。それに、バルディア軍も駐留しているかもしれない。何も無いここよりは、絶対に安全だ。

「それが一番ですね」
院長が頷く。
急いで逃げなければ、大変なことになるかもしれない。いや、きっとなるだろう。
ルントハイムの大虐殺と同じことが、ここでも起きるかもしれないのだ。

「じゃあ、急いで――」
レイラが口を開き、歩き出そうとした瞬間だった。
〈高出力の干渉波を検知――広域攻撃魔法と判断。危険。当該地域から離脱を――〉

すさまじい衝撃が、足元から突き上げた。

悲鳴を上げる子供たち。
とっさに手を伸ばし、子供たちをかばう院長。
教会の壁がみしみしと音を立て、建物のゆがみでステンドグラスが砕け散った。
すばやく重心を落とし、デヴァイサーを構えるレイラ。いまだに激震を続ける視界に、院長たちめがけて倒れこむ石像が映る。
〈緊急機動。フレイムランス・展開〉
落ち着いて、けれど自分の最速でデヴァイサーを握りこんで、攻撃魔法を展開する。
左腕一本で横なぎに振るわれた剣はコンデンサーに蓄えられた魔力を使い、結晶回路に刻まれた魔術式に従って世界を書き換える。
振るわれた切っ先から引き伸ばされた炎柱が飛び、今にも院長たちを直撃しようとしていた像を吹き飛ばした。
吹き飛ばした像――救世者に心の中で謝って、レイラはデヴァイサーを操る。
〈システム・イニシャライズ。クロノグラス、アライメント調整――出力復帰。コンデンサー、魔力圧上昇中。干渉板再接続〉
「院長、大丈夫ですか?」
「え、えぇ、なんとか……」
突然の事態のせいか、ふらふらしている院長。
「……敵が来たようですね」
いまだふらつきながらも立ち上がる院長に、レイラは頷きを返す。
「早く、みんなを連れて森へ」
「あなたは?」
「リーナを助けて、あいつらを足止めします」

院長が、息を呑んだ。しばらく、迷うように視線をさまよわせる。
しばしの逡巡の後、
「……それしかないでしょうね」
と、諦めたように言った。

「レイラさん」
「はい?」
「一つだけ、約束してください」

真剣な、けれど優しい院長の瞳。
「必ず、生きて帰ってきなさい。だって、あなたは――」
子供たちをやさしく見回す。
「この子達の大切な家族なんですから」

その言葉に、ぐっと胸が詰まった。
涙があふれそうになった。

だめだ――
と、レイラは自分を叱咤する。
ここはすでに戦場。感情に振り回されていては、生きていけない。
必死で、無表情を取り繕う。

「レイラさん……」
やさしく微笑む院長。
「泣きたい時は……我慢せずに泣いてもいいんですよ」

言われて、気づいた。
自分が、ぼろぼろと涙を落としていることに。

「帰ってきなさい。いいわね?」
「……はい!」
強く頷く。
涙をぐしぐしとぬぐい、瞳に力をこめると、レイラは院長と子供たちを見回した。

「――行ってきます」

振り向き、歩き出す。
「姉ちゃん!」
その背にかけられる、少年の声。
振り向いた視界には、駆け寄ってくる金髪の少年――いつも自分を困らせていたサムがいた。

「サム……」
「――…………」
かがみこんで視線を合わせてやる。サムの瞳にいっぱいに涙が溜まっていることに、レイラは遅ればせながら気がついた。

「姉ちゃん……それ、デヴァイサーって言うんだよな……?」
「……うん」
「……姉ちゃんも、それで戦争するのか……?」
「……うん」

嘘やごまかしなんか聞かないぞ――そんな気持ちが、サムの瞳にある。

だから、レイラは右手を伸ばして、くしゃりとサムの頭をなでた。
デヴァイサーの操作のために鎧をつけられない右手、いつも傷だらけになり、そのたびに鎧を着けられればいいと思っていた右手で。
今だけは、鎧を着けていなくて良かったと思いながら。

「サム……サミュエル」

呼ぶのは、少年の愛称ではない、本当の名前。

「お姉ちゃんはね……これを使って戦争してきたの。たくさんの人を、殺してきたの」

ぐっと何かをこらえるようにゆがむサムの顔。

「でもね、サミュエル……信じて欲しいの。
あたしは、たしかに戦争をしてきたけど、戦争が好きだなんて一度も思ったことはなかった。……だってそうでしょ? 大切な人を遠くへ連れて行ってしまう戦争なんて、誰も好きになんか、なるはずない……」

泣くのを必死でこらえるサムに、優しく微笑む。

「お姉ちゃんもね……サミュエルや他のみんなと同じ。戦争で、お父さんとお母さんを亡くしたの。孤児になって、一人で生きなきゃいけなくなった……自分をそんな風にした戦争が憎くて、戦争なんか終わればいいと思って、デヴァイサーを握った」

サムの顔が、耐え切れなくなったようにくしゃりとゆがみ、
「俺も――俺も姉ちゃんみたいになる!」
ぼろぼろと泣き出すサム。それでも、彼の叫びは揺らがない。
「俺も、姉ちゃんみたいに戦えるようになる! 戦って、マギーや姉ちゃんやみんなを苦しめる戦争を、父ちゃんと母ちゃんを殺した戦争を止めてみせる……!」
泣き出すサムを、レイラはやさしく抱きしめる。
「うん……忘れないでね、サミュエル――その気持ちを」

「お姉ちゃん!」
「レイラ姉ちゃん!」

院長の周りに固まっていた子達が、我先にと駆け寄ってくる。みんな、目を真っ赤に晴らしながら。
レイラは、デヴァイサーをおき、両手を広げて彼らを迎えた。
みんなを抱きしめた。大切な自分の子供たちを抱きしめて、レイラは泣いた。

初めて、違う気持ちで戦争が終わって欲しいと思った。
子供たちが、自分の未来をつかめるようにしたいと。この子達に、明るい未来を残してやりたいと。
強く――強く強く願った。

レイラは笑った。泣きながら、心の底から笑った。
美しい笑顔。
大切な何かを護るために戦う――その決意が見せる女性としての我意の強さ。

「あなたたちが大人になる前に――」

泣き笑いの顔で。

「戦争が、終わってるといいね――」

レイラは願った。


「……さぁ、みんな。もう行かなきゃ」
レイラは、デヴァイサーを手に立ち上がる。子供たちに微笑みかけ、院長のもとへ行くよう、そっと背を押す。

振り返り、振り返りしながら歩き出す子供たち。
院長に深々と頭を下げ、レイラは今度こそ歩き出す。
「姉ちゃん! 絶対帰ってきてよ!」
顔だけで振り返り、親指を立てて返事をすると、同じ動作で返事が返ってきた。

扉に手をかけ、最後にもう一度だけ振り返る。
院長に11人の子供たち。
自分のかけがいの無い家族。

レイラは前を向き、教会から孤児院へと続く扉を開ける。
一歩目から全力で飛び込んだ。
自分の娘を助け出すために。
戦場へと。

〈全システム――戦闘モードに移行〉






〈干渉波検知――デヴァイサー反応と確認。敵勢力と認定。個数10〉

踏み出す足は、一歩目から全力だ。

〈補助魔法起動〉

銀嶺六式に取り付けてある「筋力強化」と「動作精密化」の補助魔法が起動し、踏み込む足が勢いを増す。

二つ先にあるリーナの部屋まで5歩で駆ける。制動をかけると、摩擦で靴の裏から煙が上がった。
大きく開け放たれている扉。部屋の中には、すでに二人の兵士がいた。
恐怖に顔を引きつらせるリーナの腕をつかみ、引き立てようとしている。

「リーナ!!」
兵士が振り返り、リーナが安堵と喜びを顔に浮かべた。

一瞬だけ驚いた表情を浮かべたものの、兵士二人の行動はすばやい。一人が熟練した動きでデヴァイサーを構えて前へ――レイラのほうへ出る。もう一人は、リーナを連れていくつもりか、デヴァイサーを構えながら壁際へ後退した。

(応援が来る前に――!)

戦闘起動した以上、相手に干渉波を検知され、存在を知られるのは時間の問題だ。敵はこの2人を含めて10人。もたもたしていて囲まれたら、いくら自分でも勝ち目は無い。

デヴァイサーを振りかぶり、左腕の鎧を盾に突っ込む。肩の上で操作盤を叩き、攻撃魔法を起動。近距離戦専用の「サンダークロウ」だ。一瞬と言う時間で、コンデンサーから放たれた魔力の光が干渉板を紫電で包む。
こちらの動きに、相手の兵士とその手に握られたデヴァイサーが反応。兵士がデヴァイサーを構えると、その切っ先から青白い光が空間を走り、魔力で形成された防御壁を形作っていく。無駄もためらいも無いその動作。レイラの攻撃を受けきる動作だ。

筋力強化された動きにとって、わずか数メートルの距離は一秒にも満たない時間で埋まる。
完成される敵の迎撃魔法。
振り下ろされるデヴァイサーと、正面から衝突する。その防がれる一撃からの応酬こそ、相手が読んでいたであろう流れ。

だが、レイラは刹那と言う時間の中で別の動作をとった。
デヴァイサーを振り下ろす代わりに、右手の操作盤を叩いたのだ。
〈魔法展開プロセス、強制中断〉
デヴァイサーの纏っていた紫電がほどけて消え、細い糸くずのような魔力の残光になって飛び散る。
予測と違う動きに、兵士の動きが一瞬だけ止まる。
その隙を、レイラは逃さなかった。

デヴァイサーを使わないまま体ごと迎撃魔法にぶつかっていく。魔法攻撃を防ぐのに特化した迎撃魔法ほど、物理的な攻撃を防ぐのには向いていない。
薄い紙を突き破るような感触を持って、敵の迎撃魔法が霧散する。

レイラは姿勢を低くして兵士の体、デヴァイサーを構えるために持ち上げられた左腕の下に体を滑り込ませ、肩を軽く持ち上げた。
その動きだけで、兵士のひじがあらぬ方向に折れ曲がり、枯れ木を折るような音が響く。
そのまま体を持ち上げれば、兵士の腕はますます曲がる。兵士の手から、デヴァイサーが滑り落ちた。
悲鳴をあげる兵士の横顔にデヴァイサーの柄尻で裏拳を叩き込み、黙らせる。右手を伸ばし、宙に浮いた相手のデヴァイサーを器用に掴むと、突進の勢いをそのままにリーナを捕らえている兵士に向かう。

デヴァイサーを持った人間に肉弾戦を仕掛けられるとは思っていなかったのか、もう一人の兵士は驚愕に顔をこわばらせたまま、デヴァイサーを振り上げようともしない。
「覚えておきなさい。魔法を使うだけがデヴァイサー戦じゃないわ」
無防備な兵士の顔に、レイラは右手でつかんだデヴァイサーをアッパーカットで叩き込んだ。
筋力強化された腕に降り回されるデヴァイサー。金属の塊であるそれは、十分すぎるほどの打撃力を持ってあごを砕く。兵士の体が1メートル近く浮き上がり、砕け、飛び散ったデヴァイサーの破片と共に落下した。

二人の兵士が、力無く床に倒れこむ。全てが終わるまで、30秒とかからない。
〈干渉反応消失――残り8〉
リーナは、驚きにただ目を見張っているだけだ。
「大丈夫? リーナ」
声をかけてやると、ようやくぎこちなく微笑んだ。
かがみこんで目をあわせ、力強く微笑みかけてあげる。
「いい? これから、お姉ちゃんと一緒にここから逃げるの。マーガレット先生と他の子たちは、もうちゃんと逃げてるわ」
リーナはこっくりと頷く。
「いい子ね。さぁ、急いで行きましょう!」
右手を伸ばして手を引いてやると、おずおずと握り返してきた。

二人で、廊下へと出る。左へ行けば、居間を通って玄関から外へ。右へ行けば、先ほど飛び出してきた教会を通って裏口へ出られる。
正面は、すでに包囲されているだろう。道は一つ。教会側だ。
扉に向けて走る。リーナの手を引いているため、速度が出せない。じりじりと襲う焦燥感を押さえ込み、レイラは扉へと手をかけた。

その瞬間――
〈攻撃感知。正面。危険〉

とっさに左手を挙げて攻撃を防げたのは、まぐれに近かった。
教会へと通じる扉が向こうから衝撃で吹き飛び、紅蓮の炎が吹き込んできた。
自動的に展開された迎撃結界で炎を防ぎ、悲鳴を上げるリーナをかばいながら、レイラは炎の向こうを透かし見る。
教会内に、人影が見える。1人、2人……4人。全員、戦闘起動したデヴァイサーを構えている。
院長たちの姿が見えない。上手く逃げおおせてくれただろうか?
〈攻撃感知。1時方向、10時方向、危険〉
向こうの二人がデヴァイサーを構える。
レイラはすばやくリーナの手を離すと、離した右手でそのままリーナの腰を抱きかかえ、跳躍した。
強烈な慣性力に、リーナが押さえつけられたような声を上げる。
一瞬の後、レイラが立っていた場所が衝撃波で吹き飛ばされた。燃えながら残っていた扉が、周囲の壁が、ハンマーで殴られたように横なぎに吹き飛ばされる。
「ごめんね、少し我慢して」
歯を食いしばり、リーナが苦しくないように速度を抑えて廊下を駆ける。
向こうは、すでに遠慮なく魔法を使うつもりだ。

(当然か……)

救世者は死なない。もし死んだら、それは救世者でなかったということ。
遠慮など微塵もする必要は無い。

(どうする……?)

リーナを抱えていては、戦うことはできない。そして、玄関には確実に兵士がいる。何とか切り抜けなければいけない。

後ろから、兵士たちの怒号が聞こえる。攻撃されたらまずい――
〈攻撃感知。正面!〉
左腕を振り上げ、制動をかけて止まる。先ほどの爆発音を聞いたのだろう、すでに玄関から敵の兵士が院内に入り込み、こちらにむけてデヴァイサーを振り下ろしていた。

〈マインドシールド・展開〉

深紅の光が、放たれた漆黒の槍を受け止める。光の壁に突き刺さって止まった槍は、瞬間的にほどけて魔力の光に戻る。
〈攻撃感知。6時〉
リーナを抱えたままターンし、おそいかかる炎の固まりにデヴァイサーを叩きつける。
〈迎撃成功〉
体の回転をそのままに、体を腰からひねりこんでいく。180度ターンして正面に向き直れば、デヴァイサーを振り上げた体勢だ。
リーナを抱えたまま、ぎりぎりのところで操作盤を叩く。

〈フレイムランス・展開〉

院長たちを救った時とは違う、きちんと戦闘起動しての発動。
放たれた魔術式が空間中に複雑な文様を描き、炎の柱を作り出す。炎柱は周囲の魔力を加速し、次々と爆発の連鎖を伴いながら、敵のいる居間をなぎ払った。

〈干渉反応消失――残り6〉

みんなで一緒に食事をしたテーブルが、机に飾られた花が、壁にかけられた子供たちの絵が、全て一瞬で炎に包まれる。絵の中には、リーナが描いたあのルントハイムの風景画もあった。

「あ――!」
リーナが叫ぶ。絵のほうへと、火に包まれた場所へと手を伸ばし、そこへ行こうと身を動かした。
「リ――」
〈攻撃感知。正面、6時方向。反応多数。危険――!〉
気をとられ、レイラの反応が一瞬だけ遅れた。

火の中から飛び出してきた闇の槍が、レイラの体を貫いた。






ぐっ、と体が衝撃で揺らぐ。
腕から力が抜け、リーナが床に落ちる。
悲鳴。しがみついてくるリーナ。

「お姉ちゃん! レイラお姉ちゃん!」

答えようと開いた口から、ごぼりと血があふれる。
〈攻撃感知。危険。危険。危険――〉
驚異的な精神力でデヴァイサーを握りこみ、振り上げる。
続いて飛来する槍の弾幕を迎撃結界で受け止め、発動が終わる前にデヴァイサーを切り返し反対側から襲い掛かってきた炎弾を叩き落した。
並みの人間にできる芸当ではない。

だが、それが限界だった。

再度撃ち込まれてきた槍の弾幕を防ぎきれずに、そのうちの一本がデヴァイサーに深々と突き刺さる。
はじけ飛ぶ外装。銀色の装甲板が砕け散る。内部から露出したケーブルが跳ね、白い伝導液が血のように滴り落ちた。
〈コアユニットに重度損傷――クロノグラス、アライメント調整不能。出力低下。コンデンサー魔力圧低下。第1、第3バイパスを閉塞。干渉板への魔力伝達経路に重度損傷。経路変更。稼働率低下……〉

自分の負けだ。

矢継ぎ早に聴覚素子に送られてくる異常を告げる声を聞きながら、泣きながらしがみついてくるリーナにそっと右手を回し、壁に背をつく。
ぐしゃぐしゃに顔を濡らすリーナに、微笑みかける。
「よかった……怪我は無いわね」
その言葉に、リーナの泣き声が大きくなる。

近づいてくる足音に、レイラは顔を上げる。
両側から近づいてくる兵士。誰もが油断なくデヴァイサーを構えている。

「……君の負けだな」

玄関側の集団、その先頭にいた初老の男が告げる。
「大した腕だ。その少女を抱えながらここまでやるとは……」
デヴァイサーを下ろし、手を差し出す男。

「その少女を渡してくれ。そうすれば、君の命は助けよう」

おびえ、しがみついてくるリーナ。安心させるように、頭をなでてやる。
「……意外ね。私は助けてくれるの」
「我らもルントハイムのような悲劇を繰り返すつもりは無い……救世者と目されているのはこの孤児院の子供だ。救世者でありえない君まで殺すつもりは無い」
「…………」
傷口からは一秒ごとに血が流れ出し、確実に命が失われていく。
デヴァイサーも壊れてしまった。もう、戦いようが無い。

レイラは、リーナを見る。
見上げてくるリーナの瞳。その瞳を見つめ、レイラは静かに言葉をつむいだ。

「……お断りよ」

初老が、息を呑む。
「この子は渡さない……私の大切なこの子を、戦争なんかに利用させるもんですか」
リーナの手に力がこもるのが分かった。
初老が、ため息と共にデヴァイサーを構える。
「では、仕方あるまい……」

デヴァイサーの先に集まっていく魔力の光。自分を殺して、リーナを連れて行く気だ。
(素直に、このまま殺される……?)
失血のせいで、朦朧とした意識で想う。
(そんなわけにはいかない……)
デヴァイサー……左手に握られた銀嶺六式は、いまだ光を失っていない。
中枢を砕かれ、装甲板をはぎとられてなお、スカイ&マーキュリー社の傑作機、自分の相棒は戦おうとしている。

そう。まだ戦える。

〈損傷チェック……出力67%に低下。魔力圧低下中。起動限界まであと120秒〉
音声素子が告げる。まだ戦える。死んだわけじゃない、と。

リーナから右手を離し、横へと伸ばす。そこにあるのは、院長の部屋の扉。そのノブをつかみ、レイラは左手でリーナを抱きかかえる。
「……ついてきなさい、救世者が欲しいなら!!」
ドアを開け、部屋の中に転がり込む。右手でリーナを抱きなおす。決して離れないように。
「いかん!」
初老の声と共に、あわただしく足音が響く。

院長の部屋は孤児院の中のどの部屋よりも簡素だった。
部屋の中には、薄いマットの敷かれたベッドしか置かれていない。それにかすかな驚きを覚えながら、レイラは窓際まで後退する。
初老を先頭に駆け込んでくる兵士たち。1,2,3……部屋の中に5人。廊下に1人。全員いる。
レイラは、手を伸ばしてデヴァイサーを操作する。

〈リミッター解除。装甲組み換え・通常起動→全力起動・シフト。クロノグラス、魔力開放――出力128%〉

たどたどしく、けれど確実に組み変わる装甲。その様子に、兵士たちが油断無い動きでデヴァイサーを構える。

見渡す視界。床の上に、他とは色の違う部分があることにレイラは気がついた。
長い間家具などを置いておくことでできる、色のきれいな部分。そこは、レイラの部屋にあった壊れかけの戸棚と同じ大きさに、色が変わっていた。

(ごめんなさい、院長……約束、守れそうにありません)

リーナをぎゅっと抱きしめる。
せめて、この子だけは護ってみせる。

〈攻撃魔法――ギルティソーン展開準備〉
銀嶺六式が、まばゆい光を放ち始める。純白の光。全てを浄化する、断罪の光。
初老が手を挙げ、それに応えて兵士たちがデヴァイサーを構える。展開されていくのは、強力な迎撃魔法。完全な魔法攻撃対応の迎撃魔法だ。
兵士たちは構えたまま動かない。この一撃が、最後の一撃であることを知っているのだ。
そして、その一撃が自分たちの迎撃魔法を貫けないことも。

レイラは笑う。
吹っ切れたような、力強い笑み。

「無駄だ」
初老の声が響く。
「いいえ、無駄じゃないわ」
レイラの声が応えて響く。

(お願い――)

リーナを抱きしめる腕に力をこめる。応じるように、リーナがしがみついてきた。
左手のデヴァイサーを振り上げる。

(あたしに、機械仕掛けじゃない、本当の魔法を見せて――)

「だって、あたしが狙うのは――」
銀嶺六式を、振り下ろす。

〈ギルティソーン・展開〉

「あなた達じゃないもの――!」

壁と天井に向けて放たれた光爆が、孤児院と教会、その全てを吹き飛ばした。






じゃり、という砂か何かを踏む足音に、レイラは目を開ける。
うつぶせに伏せられた体。頭の上には空が見えるが、体は上から押しつぶされて動かない。
見えなくなってきた目で、周囲を見渡す。
あたりは一面、瓦礫の山だった。2階建てだった孤児院は完全に倒壊し、その下――屋内にいた人間全てを押しつぶしていた。

〈……干渉…応……消……敵勢……全滅…認……〉

雑音だらけの合成音声が、聴覚素子から聞こえた。
デヴァイサーを操作しようとしたが、左腕の感触はすでに無かった。

頭の上に影が落ち、レイラは顔を上げる。

「お姉ちゃん……」

そこには、目を真っ赤にし、顔をぐしゃぐしゃにしたリーナがいた。

(あぁ……)
レイラは思う。
この子は、本当に救世者だ、と。

新しい足音が響き、レイラはそちらに顔を向ける。見れば、たくさんの人間が走り回り、瓦礫の山を見やっている。その中には院長たちの姿もあった。
「よかった……無事だったんだ……」
人々の間に立つのは、一角竜の紋章の旗……バルディア連合王国の国旗だ。近くの街にいた軍が、ここまで来てくれたのだろう。

「お姉ちゃん、レイラお姉ちゃん……」
泣きはらすリーナの後ろに、人影が立った。
一人は、黒髪に略式の王冠を巻いた青年。もう一人は、青年の後ろに控える銀髪赤眼の少女。

少女が、痛ましそうに膝をつき、リーナをそっと抱きしめる。

レイラは思う。

これから、この少女を迎えるのは過酷な運命だろう。院長の想いとは裏腹に、この子はきっと戦争に関わっていく。

レイラは、まだ動く右手で胸元を探る。
胸元に光るペンダント。翠色の石がはまった、安っぽいつくりのペンダント。
それを引き出し、リーナに手を伸ばす。

「リーナ」
びくりとリーナが身を震わせた。

レイラは思う。

でも、きっと。この泣き続ける少女なら、自分の想いを継いでくれる。
自分の願いを継いでくれる。

「大丈夫、あなたならきっとできる」

リーナの手に、ペンダントを渡す。
リーナは、しっかりとそれを握り締めた。

「この戦争を終わらせて、きっと大切な未来を手に入れられる」

だって、この子は今、人形でない、一人の少女の瞳をしているのだから――

「心の赴くままに――行きなさい、リーナ……」


それだけを告げて。
レイラの手が力を失って、落ちた。


「――お姉ちゃん?」
つぶやく、リーナ。

「お姉ちゃん? レイラお姉ちゃん……?」

言葉は返らない。
う、ともひ、ともつかない声が、リーナの口から漏れ――

「お姉ちゃん! やだ、やだよ、死んじゃやだぁ!!」

響く。
少女の慟哭が。

黒髪の青年が、レイラの首元に手を当て――そっと首を振った。
銀髪の少女が、レイラにしがみつこうとするリーナを抱きしめ、止めた。
駆け寄ってきた院長が、糸が切れたように膝を突いた。
子供たちが、泣き出した。

吹っ切れたような、安らかな寝顔を浮かべて、レイラはもう動かない。


「おねえちゃああああああああん!!!」


リーナの泣き声が響く。
響き続ける――






「んっ――」

誰かに肩をゆすられ、彼女はゆっくりと目を開いた。

綺麗な赤い瞳が焦点を結び、眼前に立つ青年の姿を認める。
彼は、彼女が目を覚ましたのを見ると快活に笑った。
「ははっ、やっと起きたか」
「ん、ジェノス……」
青年の名を呼び、少女は寄りかかっていた木の根元から体を起こす。いつの間にかかけられていた毛布が肩から落ちた。
「ふわぁ……あ……ごめん、寝すぎたかな?」
「いや、そういうわけじゃないんだが、我らが救世者様が目を覚ましてくれないと、みんな進めなくてな」
顔を上げ、辺りを見回す。

馬車のそばで荷物の確認をしている金髪の少女、エステル。一本三つ編みが似合う彼女は、片手に独特な形をした剣――月光――を携えながら、荷袋の中身を引っ掻き回す作業に余念が無い。
そのそばで、額に青い角を持った金髪の女性――フィリス――が青髪で片目を隠した女性――セリカ――となにやら話している。どうも、フィリスが左手薬指にはまった結婚指輪を見せ付けて、自慢しているようだ。

「あ、切れた……」

視界の中、セリカがフィリスの首をしめてがくがく揺すっているのが見える。
「セ、セリカちゃん……くるし……きゅっ」
かくんとフィリスの体から力が抜けた。

それを見ながら、彼女は嘆息。
「どうした?」
「ん、なんか夢見てた」

明るい、初夏の日差しの中、彼女ら以外にもたくさんの人が見える。
みな、共に戦う仲間たちだ。

それを見、まぶしそうに目を細める彼女。
「へぇ、どんな夢だ?」
「……忘れた……けど……」

胸がつまる。自分でも分からない感情で。

「とっても、悲しい夢……」
「……そうか」
ぽん、と頭に手が載せられる。
振り仰ぐと、ジェノスが笑っていた。
「心配すんなって。ほら、あれだ。ちょっとナーバスになってるだけだ」
にこやかな彼の笑み。

「ずばり『あの日』なんだろ?」

言い切るジェノスを半目でにらみ、彼女は立ちあがる。
「その一言が無ければ……決して悪くないのに……!!」
握り締めた拳。異様な迫力。
ジェノスが恐怖に顔を引きつらせ、脱兎のごとく逃げ出す。

「どーして、あんたはいっつもいっつもそうなのよーーーー!!」

走り出すジェノス。追いかける彼女。
「あ〜あ、またやってる」
「レイラちゃんも、飽きないねぇ……」

周囲の苦笑をよそに、走り回る二人。
「いや、待て! レイラ! 話せば分かる!」
「うっさいうっさいうっさーい! 純情な乙女心を何だと思ってるのよ!!」
「え? 乙女? どこに?」
「きーーーーーーーーーー!!」

巻き起こるにぎやかな笑い。
戦いの合間の、安らぎの時間。
走り回るレイラの胸に、翠色のペンダントが光る。

「ほらほら、バルディア連合王国の救世者ともあろうお人が、そんなんでどうするの?」
セリカの仲裁も効き目が薄い。
「レイラちゃん! 私も混ぜてー!」
楽しげに追いかけっこに加わるエステル。
「まぁまぁ、いいじゃない。戦闘が無い時ぐらい、みんなゆっくりしたいんだよ」
と、のんびりとフィリス。

「こらっ! ジェノス、待ちなさい!!」
「待てといわれて待つ奴はいない! レイラ、バカか君は?」
「あんたに言われたくないわよ!!」


悲しい運命を止めるために。

戦争を終わらせるために。

未来に希望を託すために。

二人で交わした、塔へ行く約束を果たす旅――
永遠に抗い、運命を変える戦いは――

今日も続く――


  了

あとがき

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